長野市緊急時における子ども支援ネットワーク(以下、支援ネットワーク)は、災害が発生したとき、すべての子どもとその家族に必要な支援が適切に届けられることを目指して「子ども支援ガイドライン」の作成を進めており、このほど原案ができあがりました。

ガイドラインの作成は市区町村レベルでは全国で初めて。パブリックコメントを経て、4月中にも完成させる予定です。支援ネットワーク会員を中心に30人ほどが3月24日、交流会を行なってガイドラインの内容について理解を深めました。

1年かけて活動の指針となるガイドラインを準備

支援ネットワークは2023年2月に設立しました。(下記ナガクルの記事参照)

その後、地域・分野・セクターを超えた関係者が連携し、子ども支援コーディネーターや支援に従事する団体・個人が緊急時に活用できる支援活動実施のための指針作りを進めてきました。ガイドライン(案)は7章からなり、支援の体制や支援活動の内容・留意点を具体的に明記しています。

特別な配慮を必要とする子どもの支援についても独立した章を設けて記述しているのが大きな特徴。誰も取り残さないという視点から盛り込んだものです。地域内外のボランティアやNPOなどの支援団体が、それぞれ持っているスキルを最大限に発揮できる環境を整えるために、平時から「顔の見える関係」を広域に築き、学びの場や交流の場を設けていくことも明確にしました。

2019年10月の台風災害での支援活動の教訓を生かして

令和元年東日本台風19号のとき、学校施設や保育所、児童センター、公園など市内の子ども関連施設が被災しました。直接の被害がなかった学校や地域の体育館も避難所になったことから子どもたちの生活に大きな影響が出ました。被災直後は保護者が自宅の片付けなどに追われたため、「安心して子どもを預けられる場所が欲しい」との被災者ニーズがありました。さまざまな支援団体が災害を受けた子どもたちや保護者に寄り添う活動をしましたが、そのなかで情報の錯綜や支援者のコーディネートをどのようにするかという課題が浮き彫りになりました。

緊急時に子どもの支援を迅速かつ円滑に取り組むためには、平時から支援団体が「顔の見える関係」を築いておく必要性があるとの認識も広がりました。そこで子どもの支援という分野で活動する団体が支援ネットワークを立ち上げ、民間と行政とが一緒になって、諸活動を想定しながら役割や連携方法などを模索してきました。

北部スポーツ・レクリエーションパークの避難所に設けた子どもたちの居場所(2019年10月)

緊急時の子ども支援事業 – 長野 子育て支援 | NPO法人 ながのこどもの城いきいきプロジェクト (na-kodomo.com)

「子ども支援ガイドライン」作成の目的

「子ども支援ガイドライン」は、長野市のどこで災害がおきても、すべての子どもとその家族に必要な支援が適切に届けられる体制づくりを目的にしており、支援者が共通の判断基準をもって災害時の子ども支援にあたる環境を整えるものとなっています。

支援ネットワーク作成の資料から

子ども支援の原則は、「子どもの権利条約」と平時からの「子どもにやさしいまち」づくり

災害時における子ども支援の原則として、「子どもの権利条約」の一般原則(生存と発達、差別の禁止、子どもの参加、子どもの最善の利益)をガイドラインの冒頭に掲げました。

被災時に保護者や周囲の大人は復旧・復興のための活動に忙しく、子どもに十分な時間を注ぐことが難しくなります。子どもたちを取り巻く環境は一変し、親しい人や大切な物を失ったり不自由な生活を余儀なくされたりします。さまざまなリスクにさらされることもあり、子どもたちの権利が守られにくい状況になります。そこで、災害時に子どもたちの権利を守ることを支援の基本として位置付けました。

さらに、「災害時に子どもたちにいち早く適切な支援を行うためには、平時から『こどもにやさしいまち』の取り組みを推進し、地域の子どもの居場所などで子どもの声に丁寧に耳を傾け、子どもに寄り添える大人、行政と市民との連携・協働を推進するコーディネーターを養成しておくことも重要である」ことを第一章の「はじめに」で明示しました。

災害時の子ども支援体制を三者連携で

災害時の支援でいま重視されているのは、行政・社会福祉協議会・民間支援組織の連携です。4年前の被災では、「三者連携」による〈情報共有会議〉が大きな役割を果たしました。ガイドラインは子どもの支援においても「三者連携」で対応することを重視。支援体系図(応急対策期)を作成しました。支援ネットワークが中間支援組織として子ども支援の活動にあたるとしています。

支援ネットワークの資料から
4年前の災害で実施した「情報共有会議」

具体的な支援の内容としては、次の7つを掲げました。

  • 共同アセスメント
  • 居場所支援(子どもの居場所の運営)
  • 子ども関連施設への支援
  • 災害時のストレスとメンタルヘルスケア
  • 緊急物資支援
  • 経済支援
  • 子どもの権利保護に関する啓発と子どもの権利擁護など

このうち共同アセスメントでは、「長野市こども未来部こども政策課が調整役となり、長野市との情報共有(家庭の状況や学校、幼稚園、保育所、放課後児童プラザなどの再開状況や、遊び場、子どもの預かり、学習などの支援状況等)および連携調整をしながら、子ども支援の体制づくりを行なう」としています。

居場所支援では、「長野市各地域での被災に備え、地域ごとに居場所運営を担う団体を想定し、居場所運営のノウハウを共有。在宅避難者などに支援をつなぐハブ的な役割も担える体制を整えておく。被災者ニーズに応じて、NPOなどが平時から運営する子ども・若者地域拠点などを、子ども・若者の居場所として開放することを、長野市とともに検討していく」としています。

災害時は長野市内だけでなく市外・県外の子ども支援団体にも参画してもらいますが、すべての支援者に「子どものセーフガーディングのための行動規範」の同意を必要とするとしました。この「行動規範」は支援ネットワークとして2023年9月に作成しています。

支援活動の指針を具体化して取り組みやすく

支援活動を進めるにあたっての留意点として、情報共有会議への参画や共同アセスメントの調整で情報を収集することを明確にし、居場所支援では「子どもにやさしい空間」の考え方や活動内容を決定する際のポイントを整理しました。

子ども関連施設への支援では、行政による支援と民間による支援の内容を具体化し、災害時のストレスとメンタルヘルスケアでは、災害で被害を受けた子どもたちの心を傷つけずに対応するためには「子どもの心の応急手当」について学ぶ必要があるとして、危機状況下で子どもが示す反応例を年齢別に掲げています。

緊急物資支援や経済支援についても、行政による支援と民間による支援をどのような内容で行なうか具体化しました。

特別な配慮が必要な子どもの支援を掲げる

 ガイドラインは、すべての子どもとその家族への支援を重視しており、次の子どもたちに対する支援を明確にしました。

 ☆乳幼児
 ☆アレルギー疾患のある子ども
 ☆発達に特性のある子ども
 ☆身体障害のある子ども
 ☆医療的ケアが必要な子ども
 ☆外国にルーツを持つ子ども
 ☆メンタルヘルスの課題を抱える子ども
 ☆様々な家庭の事情を抱えている子ども
 ☆災害により保護者や家族と離れ離れになった子ども

緊急時に見過ごしがちにされがちな子どもたちの実情を踏まえて支援の体制を具体化した意義は大きく、それぞれに対応した関係機関の連絡先をガイドラインに明記しました。これにより、迅速な支援活動が可能になりそうです。

連携に向けた平時の備えが必要

ガイドラインは緊急時の具体的な支援活動の指針となるだけでなく、平時から「顔の見える関係」を広域に築いていくことを盛り込んでいます。行政・学校・企業・社会福祉団体・地域・NPOなど、さまざまな立場の人たちが一堂に会してお互いを知り理解し合う交流会を開催することでネットワークへの参画者を広げていくこと、学習会や災害支援訓練、防災講座などによるスキルアップのための活動をすることを明記しました。

支援を迅速に効率的に実施し、子どもが誰一人取り残されないようにするためにはリーダーとなる人が必要です。「緊急時の子ども支援コーディネーター」を育成することも明記しました。「連携団体のリスト」を作成し、連携団体の情報は常時更新し、支援体制を明確にしておきます。

交流会で今後の支援体制について意見交換

検討中の「長野市緊急時の子ども支援ガイドライン」(案)は支援ネットワーク主催の交流会(3月24日、長野市)で公開されました。事務局が内容骨子を解説したあとパネルディスカッションを行ない、ガイドラインに基づく今後の支援体制について話し合いました。ガイドライン作成に関わって来たNPO法人災害時こどものこころと居場所サポートの小野道子さんが進行し、行政・社協・民間それぞれの立場から5名のパネリストが発言しました。

行政・社協・民間それぞれの立場から体験と考えを発言

〈個人情報の取り扱いで新たな進展〉

行政の立場から発言した渡辺修さん

行政に関わっている渡辺修さん(長野市保健福祉部福祉政策課・元長野市危機管理防災課)は、被災当時は危機管理という点で「子どもの支援という視点」は欠けていて、被災者全体とくに高齢者の対応の検討になっていたと4年前を振り返りました。その後の災害対策の検討の中で、医療的ケアを必要とする人などが一般の避難所へ行けない実態を知り、関係者と懇談するなどの取り組みを進めてきたことを説明しました。ガイドラインは特別な配慮が必要な子どもへの対応を重視していますが、「障害福祉課も検討を進めている」とのことです。

内閣府から災害時における個人情報の取扱いに関する指針が出されたことから、それを受けて支援団体に避難者名簿を提供する検討も進めており、三者連携の体制が整うことによって個別の支援計画をクリアにしていくことができると、ガイドラインの作成に期待を寄せました。実行していく上で平時から関係性を構築しておく必要があることから、訓練などの実施も提案しました。

〈配慮が必要な子どもへの対応に期待〉

教育委員会の立場から発言した宮本常徳さん

学校現場での対応について発言した宮本常徳さん(長野市教育委員会事務局学校教育課)は、4年前の被災時は市内の小中学校79校中の20校で避難所を開設したことや、被災した校舎の実態などを写真で説明しました。子どもたちの学びの環境に大きな影響があったとし、各学校と連絡を取りながら再開に向けた取り組んだことを報告しました。支援の申し出にどう対応するか、また支援をどこに依頼したらよいかわからないなどの課題があったこと、特に受験生の対応に苦慮したとの話がありました。

各学校・クラスには一定数の配慮を必要とする子どもたちがおり、こうした子どもたちについては子どもの親や養育者、普段から子どもをケアしている支援者、専門職・専門機関との連携が不可欠です。今回のガイドラインでは支援の道筋を明確にしており、宮本さんは的確な対応が進むことに期待を寄せました。

〈支援は被災者のニーズに沿っているかが大切〉

社会福祉協議会の立場から発言した小野貴規さん

社会福祉協議会として被災者支援にあたってきた小野貴規さん(長野市社会福祉協議会地域福祉課)は、社協は片付けや高齢者の支援に重きをおいており、4年前は子どもたちへの直接的な支援は弱かったとしながら、今回のガイドラインにそった三者連携によってニーズキャッチと役割分担ができ、的確な支援の手を差し伸べられるようになるとしました。支え合いセンターで被災者を訪問したとき、学校に行けない子どもが自宅にいたり、みなし仮設への入居で学校が変わったりという子どもたちをめぐる困難な事例に遭遇していたので、今回のガイドラインにそった子ども支援に期待が大きいようです。

小野さんが社協の支援活動のなかで最も強く感じたのは、「支援は被災者のニーズに沿っているかが大切」ということでした。支援者が「子どもはこう思っているに違いない」と支援する側のシーズ(支援者の視点)でいろいろな支援者が押し寄せて来ることを体験しました。ガイドラインができたことで子どもたちのニーズに基づいた活動のコーディネートが可能になり、それが「子どもたちの安心安全につながる」と語りました。コーディネートがないと、例えば炊き出しでも、子どもたちの好きなものをいつまでも出すというシーズに基づく支援となり、栄養面での発想が欠落するという状況が生まれてしまうからです。

〈一法人の力では限界が…〉

支援ネットワーク立ち上げの中心になった小笠原憲子さん

支援ネットワーク設立に取り組んできた小笠原憲子さん(NPO法人ながのこどもの城いきいきプロジェクト)は、子どもの居場所運営で避難所に入ったときのことを思い出し、長く運営してきた「こどもの城」のことを行政関係者が知らなかったことがショックだったと赤裸々に語りました。(こどもの城は長野市の指定管理を受けて、0歳から3歳までの乳幼児とその保護者に遊びと交流の広場を提供している)

被災当時だけでなくその後も長期にわたって子どもたちの支援活動を進めるなかで、「被災後の経過とともに多様化するニーズに対応するためには一法人の力では限界があると痛感した」と、ネットワーク設立へ向かった経緯を説明しました。

ボランティアをしたいとの希望が当時はたくさんあったが、子どもの安全という面からお断りした事例もあったと説明しました。これが「セーフガーディングのための行動規範」を設ける動機になっています。

連携主要組織としての参画をお願いに回ったとき、各団体から快く受けてもらえたことも報告しました。長野市福祉政策課の渡辺さんから説明された個人情報に関する行政の新たな対応についても感想を述べ、「安心して支援できるようになる」としました。アナフィラキシーでエピペンを必要としている子どもと関わるようになったとき、その情報が得られていないと適切な対応ができません。緊急時における子ども支援で、個人情報の扱いが重要な要素になっており、行政との連携が不可欠な理由ともなっています。。

〈地域との連携でも役立つ指針〉

乳幼児やその保護者と日常的に関わっている齊藤由美子さん

齊藤由美子さん(労働者協同組合ワーカーズコープ・センター事務局)は長野市の指定管理で「篠ノ井こどもの広場 このゆびとまれ」を運営しています。0歳から3歳までの乳幼児とその保護者の皆さんの遊びと交流の広場です。福祉避難所になっていることから被災当日、担当者に福祉避難所を開設するか問い合わせました。しかし「わからない」という返事があり、夕方になって確認しても「全容がつかめないため、わからない」と言われたそうです。活動をどのようにすべきか事業所としても長野市の担当者としてもまったくわからない状態だったと、当時の混乱した様子を説明しました。着の身着のままで避難した人が着る物に困ったことや、ミルクがないとメディアが報道したらたくさん寄せられたものの煮沸する道具がないなど細かな面で問題があったこと、支援の活動は「このゆびとまれ」の事業としては位置付けられていないため法人として取り組まざるを得なかったこと、どのように進めるかわからず容易でなかったことなどを語りました。

泥出しのボランティアに参加する人のお子さんの見守りニーズがあったこと、ハロウィンなどイベントがすべて中止になって被災した家庭以外の子どもたちにも影響があって、居場所を設けてみんなで楽しくできることをやる必要があったことも紹介しました。被災が多くの子どもたちの日常を奪ったことを感じさせる報告で、すべての子どもたちに目を向けるガイドラインの背景とも言える発言内容でした。1~2歳の子どもたちの親御さんが復旧活動をするために見守りを依頼してきたケースも多かったことから、子どもというより被災した大人の支援になっていた面もあったとのことでした。

地域との連携をどのように進めるかの悩みも語り、今後は地域の組織や住民と話したり呼びかけたりしていくうえで、ガイドラインが役に立つとの感想も述べました。

フロアからも発言があり、「ガイドラインをスタートに顔の見える関係を強化してほしい」「学習や訓練を重ねて緊急時のイメージを高め連携を強めていこう」といった提案や、「特別な配慮が必要な子どもたちのために避難所となった学校の空き教室は利用できないか」「子ども福祉避難所を設置されれば」といった行政への要望も出されました。

交流会では「被災者支援のための信州型大連携体制の構築について」と題して、NPO法人長野県NPOセンターの古越武彦さんから講演がありました(写真)

パブリックコメントで練り上げる

災害はいつ起きるかわかりません。被災の体験をもとにガイドラインを少しでも早く作成しておきたいとの気持ちが強く、支援ネットワークの根幹をなす事業となっています。平時から「顔の見える関係」を築いておき、いざというときに連携して子どもたちに支援を届ける取り組みです。

ガイドライン(案)は「ながのこどもの城いきいきプロジェクト」のホームぺージで見ることができ、パブリックコメントで意見を吸い上げながら、ことし4月中には完成させる予定です。

上記、ホームページからパブリックコメントを!!

取材・執筆 太田秋夫(ソーシャルライター、防災士)