#成人移行期支援始まる

小児患者から成人へ 「成人移行期支援」とは?

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文責:西山春久
 2019.3.21

現在、移行期支援というワードが全国の小児医療の中で大きな話題となっている。

小児期に慢性的な治療を要する病気を発症した患者が成長し、成人科医療へとシフトしていくことをいう。近年の医療技術や薬品技術等の進歩により、今まで治らないとされてきていた小児慢性期疾病(子どもの時より長く治療や管理が必要な病気)が緩和、治療できるようになってきた。

一方、小児から成人への切り替えができていないため、現在小児科が飽和状態になっている。

具体的な数としては、2016年に全国で多くの難治患児を診る医療機関5施設を調査した結果、通院入院含めた全患者の内、移行期支援の対象者とされている15歳~19歳が8.5%、20歳以上は4.8%となっている。その数は年々増えてきており、30、40代になっても小児科に通っている人もいる。

移行期医療の課題は、医療側と患者側の両面にある。

医療者側の主な課題は、①患者の加齢に伴う症状や合併症の変化への対応が確立されていない、②小児科の専門外である子どもにはみられない病気(成人病等)を発症した場合の対処が十分できない、③先天性の難治疾病を診る成人科医師が少ないなどが挙げられる。

患者側の課題は、①幼い時から信頼している医師にずっと診てもらいたいという希望と、いつまでも小児科には通いたくないという葛藤②年齢が成人領域に入ったという理由で主治医を変えさせられるのではないか不安などが挙げられる。患者・家族ともに幼い頃からの環境からの脱却ができていないことも理由のひとつだ。

移行期には成人科の医師に対する小児慢性疾患への知識・経験の付与、小児科医と成人科医師との連携、移行に向けた患者・家族への教育などが求められる。

症状をトータルで診る小児科と異なり、成人科は各科の専門性が強い。

小児科の時は、主の病気のついでに別の症状も診てくれることがあるが、成人では難しい。そのたびに別な科を受診する必要がある。

採血や点滴をとる時も、小児科では針を一度刺して、そこから採血と点滴の確保を両方行うが、成人科では採血と点滴をとるのは別なことが多い。

こうした小児科と成人科との間にあるギャップに悩む患者や家族もいるのだ。

長野県立こども病院では2018年4月2日より、「成人移行期支援外来(現在循環器の元木医師の外来については成人先天性心疾患外来(成人先天心)へ名称変更された)」が始まった。患児が自分の病気と向き合いながら理解を深め、成人科・小児科の医療者と連携しながら、自立と社会参画を計画的に支援していくことが期待されている。

(文責:西山春久)

 

 
 

 

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 #認知症グループホームの一つの現実
寄稿:そよかぜ
 2019.3.15

私の母は83歳、認知症。13年前父が急逝してから少しづつ症状が出始めデイサービス2ヶ所を経て今のグループホームで生活して2年になる。

日本認知症グループホーム協会によると認知症グループホームは「認知症の人にとって生活しやすい環境を整え、少人数の中で「なじみの関係」をつくり上げることにより、 生活上のつまづきや認知症状を軽減し、心身の状態を穏やかに保ち、過去に体験した役割を見出すなどして、潜在的な能力に働きかけ、認知症の人の失いかけた能力を再び引き出し、本人らしい生活を再構築することが可能」としている。できることは引き続きやりつつ、少しづつできなくなっていくことはまだできる人や施設職員の手助けを得て母らしく生活していけるようにと、当時入居できる施設を探したが現実には多少の手助けで生活できる人より身体的に常時介助の必要な高齢者が入居しているケースが多かった。母のように膝も腰も年相応にあちこち痛い程度の者は入居優先度が低い。

長野市では65歳以上の高齢者の独居もしくは夫婦世帯が51%を超えている(2015年・長野市「あんしんいきいきプラン21」)。少子化と晩婚化の中で、子育てをしている家庭に高齢の親を迎えて暮らすのは実際相当難しい。北欧デンマークやスウェーデンでは同居率は数パーセントしかないという(「諸外国における介護施設の機能分化等に関する調査報告書」厚生労働省)。介護や福祉の社会化が進んでいるのだ。日本もそういう社会を目指しているが、長野市のデータで見ると高齢者福祉施設の定員のうち半分以上は特養や老健などの介護保険施設が占めている。これらの施設の利用は介護度の高い人であり、母のような介護度の低い認知症に対応するグループホームは2017年度末で定員は780人、この先3年の整備計画でも90人の増加にとどまっている。

 

介護施設職員の待遇と離職率

そして施設の担当職員はよく変わる。2017年の介護施設職員の離職率は16.7%(介護労働安定センター調査)、6人に1人はやめてしまうのが現状で、私が把握しているだけで、退職のほか系列の施設への移動という名目も含め母が入居してからの2年間に18人の職員のうち56人の職員が入れ替わっている。このグループホームは1ユニット9人で2ユニット18人が入居しているが、平屋ではないため入居者同士の12階の交流はほとんどないが職員の交代はよくある。入居者全体を職員全体で見る、という説明だが私も母も少し慣れたと思うと別の階の担当になりましたと挨拶されたりする。施設長との面談の中で「どうしても若い人は続かない、給料が安いから。これから結婚を考えている人や子育て中の家庭の人は辞めていく」と話してくれた。

 

実際厚労省の調査によると、10年以上勤務する介護職員の給料の平均は20179月時点で326,620円だが、政府は「人づくり革命」として2017年12月、10年以上同一の事業所で働く介護福祉士の給料を月額8万円アップを目指すと発表し、2018年10月の社会保障審議会介護給付費分科会では、2019年10月以降の新たな処遇改善の方針が提示された。実際の現場では就業10年以内の若い人たちが数多く働いていて、その世代の給料アップにはなかなかならず決して十分とは思えないが、認知症が今後増えていくと言われる中で、介護職員の職場環境が少しでも長く働ける方向に変化していくことは意味のあることだと思う。

(執筆:ペンネームそよかぜ)

 

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 #皆が共に生きる社会へ
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障害のある人もない人も共に生きる社会の実現を目指して

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文:川崎昭仁
 2018.4.18

「なくならない差別」

 公平で平等な社会を目指す上で差別解消は欠かせない要素である。しかし、現在から過去の歴史をさかのぼってみても差別のない時代はない。性別・年齢・国籍・宗教など、身近な小さな事から国際的な事まで様々な問題がある。
 ここでは障害者の差別について考えたい。

「障害者差別の歴史」

 これまで「障害者」は“保護”される存在で、その実態は施設等への“隔離”になっていた。1957年、脳性麻痺の障害当事者を中心に「青い芝の会」が発足。これを機に、各地で障害者の社会運動が活発に行われるようになった。しかし、その過激な活動故に障害者に対する差別意識を高める一面も否めなかった。
 1975年12月9日、国際連合総会において「障害者は、その障害の原因、特質及び程度にかかわらず、市民と同等の基本的権利を有する」という障害者の権利に関する決議(障害者の権利宣言(Declaration on the Rights of Disabled Persons)、国連総会決議3447)が採択された。
1982年に障害者問題への理解促進、障害者が人間らしい生活を送る権利とその補助の確保を目的とし「障害者に関する世界行動計画」が採択され、これを記念して1992年には毎年12月3日を「国際障害者デー」にすると宣言された。これを機に3~9日までを「障害者週間」とし、「障害のある人もない人も“障害”について考えよう」という動きが始まった。

「地域移行」

 2003年4月、「支援費制度」が施工された。
 同年10月、長野県では知的障害者の大規模総合援護施設である「西駒郷」入所者の地域生活移行への取り組みを積極的に始めた。この動きは県内の市町村・社会福祉法人・NPO法人にも波及し、各地でグループホームの運営や相談支援事業を行う法人が増え、障害者の地域生活移行は急速に進んだ。

「障害者権利条約」

 地域生活移行が進む中、障害者の権利擁護への取り組みはというと、「思いやりの心、差別のない心を育てましょう」等の標語に代表されるような「あなたの心の問題」として人権啓発や社会常識、個人の行動規範に委ねられているのが現実で、日本には何が障害を理由とした差別であるかを具体的に明らかにした法律も条例もなかった。
そんな従来の権利擁護の在り方を転換するきっかけとなったのが2006年12月、障害者の差別撤廃を目指し国連総会で採択された障害者権利条約である。
条約の交渉過程で注目されたのが、「私たちのことを決めるのに私たち抜きで決めないで(Nothing About Us Without Us)」という今まで障害者施策の決定に関与できずにいた各国の障害者の発言だった。障害者は、平等に発言し、非公式協議の場にも参加した(日本からは特別委員会に約200名の障害者やその家族の方が政府代表と共に派遣された)。
この結果、日常生活の中で最も切実に問題を感じている人たちの知恵や経験が条約に反映された」と当事者参加の意義と成果を強調している。

「医学モデルから社会モデルへ」

 障害者に関する法は、リハビリテーションや福祉の観点から考えることが多いが、障害者権利条約は国際人権法に基づいて人権の視点から創られ、これまで149カ国が署名し101カ国が批准している。日本も2007年9月に署名しているが、国内法の整備等のため批准には至っていなかった。
2011年7月に障害者基本法が改正され、第1条目的に「共に生きる社会の実現」の文言が書き込まれた。
これによって「障害に対する考え方が社会環境との関係が考慮されずに個人の障害だけに視点をおいた“医学モデル”」から「個人と社会環境に着目し、社会環境にその原因があり、社会のあり方が問題とされる“社会モデル”」へと変わり、差別の問題が見えてきた。

 

医学モデル 社会モデル
・障害というのは障害者個人の問題だとする考え方。
・社会的不利益が起きている原因は、足が動かないとか目が見えないといった機能障害や、能力障害にある。
・この考え方では、社会的不利益の原因は、社会にあるということにはつながらず、人権問題にはならない。
・障害者は、保護の対象でしかなく権利の主体という概念は生まれない。
・障害は社会の側にあるという考え方。
・車いすの人が2階にいけないのはエレベーターがないためであり、エレベーターが設置されれば1人で2階にあがれるので、障害はなくなる。
・このように、機能障害に着目するのではなく、個人と社会環境とに着目し、制約を生んでいるのは社会環境に問題があるという考え方。

(JIL/DPI条例プロジェクト資料より)

「改正された障害者基本法のポイント」

①相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会を実現
②障害者の定義変更
障害の定義は医学モデルから社会モデルへ変更
障害者の範囲の拡大 身体、知的、精神、発達、その他、心身の機能の障害がある者
③差別の定義
社会的障壁とは、障害がある者にとって日常生活や社会生活を営む上で障壁となるような社会の事物(物理的な障壁)、制度、慣行、観念(偏見・差別意識等)その他一切のもの策の基本である。

「県外の主な取り組み」

千葉県 障害のある人もない人も共に暮らしやすい千葉県作り条例
北海道 北海道障がい者及び障がい児の権利擁護並びに障がい者及び障がい児が暮らしやすい地域づくりの推進に関する条例
岩手県 障がいのある人もない人も共に学び共に生きる岩手県づくり条例
さいたま市 さいたま市誰もがともに暮らすための障害者の権利の擁護等に関する条例
熊本県 障がいのある人もない人も共に生きる熊本県づくり条例
八王子市 障害のある人もない人も共に安心して暮らせる八王子市づくり条例

「障害者差別をなくすための条例のポイント」

①障害の定義  社会モデルに基づき救済対象を幅広く設定

②差別の定義  社会モデルに基づき何が差別か具体的に定義

③相談体制と救済機関の設置、 処罰を求めるものではなく、話し合いによる解決の場の提供

④地域の意識改革 差別の温床の改善、啓発表彰等

「障害は社会にある、変わるべきは社会である」

2012年10月に「障害者虐待防止法が施工され、2016年4月に「障害者差別解消法」が施工された。しかし障害を理由とする差別や偏見が、あると思うか? 障害のある人は「少しあると思う」を含めて84.9%が、国民一般向け調査でも「少しあると思う」を含めて91.5%が「ある」と答えている(2009年度に内閣府が、障害のある人向けと国民一般向けに行った障害を理由とする差別に関する意識調査)。
障害のある人もない人も共に生きる社会の実現には、医学モデルの発想が深く浸透した地域社会そのものを変えていく必要がある。ノーマライゼーションからインクルージョン、バリアフリーからユニバーサル、そして医学モデルから社会モデル。多角的かつ個を尊重する時代であり、今やっと障害者への差別意識が変わろうとしている。キーワードは「障害は社会にある、変わるべきは社会である」と言えるだろう。

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 #消える人と人とのつながり
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消える人と人とのつながり

248
文:亀垣嘉明
 2018.4.14

自治会の加入率に見る「人と人とのつながり」

自治会や町内会の加入率は全国の自治体で軒並み低下。

長野県内では...

長野市96.1% 須坂市98.3%と高率の一方、南箕輪村では67.2%

南箕輪村は全国でも珍しい人口増加中の村なのに加入率が低迷しています。

今、加入率が高い県内の他の市町村も安心はできません。

地域の象徴的な存在であった自治会や町内会ですが、そのあり方や内容が現代にマッチしているのかという議論はさておき、人と人をつなぐ一つの形である事は確かです。

大阪商業大学(JGSS研究センター)の2010年日本版総合的社会調査によると、20歳~39歳の青年男性で「過去1年間、必要なときに心配事を聞いてくれた人はいますか?」という問いに14.6%の人が「いいえ」と答えています。

つまり、約7人に1人は誰も心配事を言える相手が居なかった事になります。

しかし一方で「何かにつけ相談したり、たすけ合えるようなつきあい」が望ましいという人の割合は年々減少しています。

NHK放送文化研究所 第9回日本人の意識調査より

新たなつながりを模索する必要がある

ただ、この調査結果が現代人が「相談する人がいなくてもいい」と考えている訳でも無さそうです。平成23年度 横浜市こころの健康相談センターの調査によると、男性では概ね半数以上の人が、女性ではそれより更に高率の人が「悩みやストレスを感じたときに誰かに相談したい」と答えています。

平成23年度自殺に関する市民意識調査(横浜市こころの健康相談センター )より

これは、つまり何かあった時に誰かに相談はしたいけど、職場の人や親戚、近隣(隣近所)には相談したくないという事なのかもしれません。

自治会でもない、職場でもない、親せきや隣近所でもない、困り事を気軽に相談できる新たな形の人と人とのつながり方を私たちNPOは模索していかないといけないのかもしれません。

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