ライ麦を栽培する「実証実験」が、被災地長沼地区(長野市)で行なわれています。被災後の耕作意欲の減退と農家の高齢化などによって地域に遊休農地が増えており、そこに雑草が生い茂る状況を解決できないかとの問題意識からの試みです。
また、プラスチックストローの代わりとして、ライ麦の茎(くき)を加工し利活用するという取り組みでもあり、これはSDGsの意識を啓発する役割を担っています。複合的な「ねらい」を持った活動の現状をレポートします
ライ麦の刈り採りとストローづくりを体験
ライ麦の栽培を行なっているのは、被災地で支援活動を続けているHope Apple(穂保被災者支援チーム)と、被災した古民家を修復再建して利活用することをめざしている一般社団法人しなの長沼・お屋敷保存会です。
昨年(2021年)11月13日(土)、Hope Appleが管理する畑220平方メートルにライ麦の種を蒔くワークショップを実施しました。
小学生を含む43人のボランティアが参加し、一列に並んで種を蒔きました。1カ月後の12月12日(日)には、しっかり芽が出るよう「麦踏み」をしました。この取り組みにも、小学生も含め34人が参加しています。
ライ麦の茎は「ヒンメリ」という装飾品を作る材料として使われています。麦踏みのあと、参加者はヒンメリ作家の塚田真由(35)さんから作り方を教えてもらいました。クリスマスが近づいており、ツリーの装飾にピッタリと、真剣にチャレンジしました。
そして冬が去り、春の訪れとともにライ麦はグングンと背を伸ばし、大人の背丈を超すほどに生長しました。
6月18日(土)、いよいよ刈り採りの日です。青々としていたライ麦は、このころになると少しずつ黄色に変化していて、穏やかな「麦畑」の情景を醸し出していました。
刈り採りの体験ワークショップには40人のボランティアが参加しました。
鎌で茎を傷めないように刈り採っていきます。小学生は初めての「体験」に目を輝かせていました。
乾燥しやすいよう直径10㎝ほどにまとめて束ね、吊るしていきます。
一部は、その場で適当な長さにカットして、ストローにしました。作り立ての麦わらストローで麦茶を飲んでみました。
2時間ほどで収穫作業は終了し、主催者が用意した「淡竹(はちく)と鯖(さば)の味噌汁」を楽しみました。信州の旬菜の味です。
刈り採りの模様や参加者の感想は、SBC(信越放送)のワイド信州で放映されました。信濃毎日新聞にも掲載され、「ライ麦ストローを孫に使わせてみたい」との問い合わせがあったとそうです。
環境保全の視点からライ麦ストローの普及へ
ライ麦栽培のねらいはいくつかあります。
その一つは、ストローづくりです。もともと「ストロー」は英語で「麦藁(わら)」のことです。茎を適度な長さに切って煮沸消毒し、乾燥させてストローとして使用することをめざしています。広く使用されているプラスチックのストローに代わるものとなります。
もう少し正確に説明すると、そもそも「麦わらの茎」を「ストロー(straw)」というのですから、プラスチック製のほうが逆に「ストローの代用品」と言うこともできます。
環境保全の視点から、自然にやさしい麦わらのストローを普及することによりSDGsへの関心を啓発したいとの願いから、一般社団法人広域連携事業推進機構が「ふぞろいのストロープロジェクト」を提唱し、長野市でもそれに応える動きが生まれていました。前述したヒンメリ作家の塚田真由さんはガーデンデザイナーの仕事をしており、2020年に自らの畑でライ麦を育てストローづくりにチャレンジしていました。
この運動を本格的に取り組むため、Hope Appleが管理する畑で組織的に栽培することになりました。塚田さんはHope Appleの活動に参加するメンバーの一人でもあります。ストローへの加工は、障がい者が働く福祉施設に委託して行なう計画です。これは「農福連携」事業として位置付けられます。
雑草の繁殖を防ぐための遊休農地対策
Hope Appleが活動としてライ麦栽培に着目したのは、遊休農地をライ麦畑にしておけば雑草が伸びないということからでした。被災地では遊休農地における雑草の繁殖が課題になっています。農作物を栽培しない畑では、草が伸び続けています。この雑草の処理が大きな負担になっているのです。この課題解決の見通しに期待をかけてライ麦を育ててみることにしました。これが二つ目の大きなねらいです。
結果は顕著でした。ライ麦の栽培範囲は畑全体の3分の2ほどで、車を停めるために利用をしていた広場は、春になると2メートル近くに草が伸びてしまいました。一帯を埋め尽くして中に入れないほどです。
ですが、ライ麦を栽培した場所は、種を蒔かなかった歩くためのスペースに少し草が伸びた程度でした。「実証実験」の成果は、雑草対策として活用できる明白な結果を示しました。
年間を通した体制(しくみ)づくりが課題
次なる課題は、夏場をどうするかです。ライ麦は11月に種を蒔き、翌年6月に刈り採るわけですが、刈り採ったあと放置しておけば雑草が生い茂ります。そこでライ麦とバトンタッチして大豆を植えて秋に収穫する方法を検討しています。秋に大豆を収穫したら、そのあとは味噌づくりに挑戦です。ライ麦は実を粉にしてライ麦パンやクッキー、ピザなどを作れないかとのアイデアも出されています。
この取り組みは今後の「実証実験」にゆだねられますが、これが実現できれば、地産地消の自給的な「食」へのチャレンジとなります。ライ麦栽培の活動の「ねらい」が、さらに一つ増えることになります。
遊休地の増加は、農作業が大変になった高齢者らが、被災して耕作意欲を失ったことなどから発生しています。このライ麦栽培プロジェクトが、遊休地解消という地域課題の解決に有効に機能するためには、畑を耕し、種を蒔き、刈り採りをする、一連の態勢をどう生み出すかを検討しなければなりません。被災地に心を寄せるボランティアの参加、もしくは組織的に受託できるしくみを構築できるかー挑戦は続きます。
このしくみが成功し、長沼の地に麦畑の風景が広がれば、新たな地域の魅力として認知してもらえるのではないかと考えられます。
可能性が広がるライ麦栽培
しなの長沼・お屋敷保存会が、修復再建している古民家「米澤邸」は、養蚕やりんご栽培といった長沼の産業の歴史が刻まれた建物です。地域のコミュニティ再生の場として利活用しようとしています。長屋門には「味噌部屋」が併設されており、いま、乾燥のために長屋門の前にライ麦が吊るされています。しっとりとしたその風景は、日本の原風景の一つであり、田舎の哀愁を感じさせます。
ライ麦ストローは、すでに長野市や千曲市に採用している飲食店が出ています。静かに関心が高まっているようです。また、中野市の高校でもライ麦が栽培されました。ストローにして文化祭で使うとの動きが出ています。さらに、牛や豚などの家畜を育てるのに欠かせない飼料の価格が上がり続けているなかで、ライ麦を飼料として育てることを検討している地域も全国にあります。ライ麦栽培の可能性は各方面に広がっているようです。
ライ麦栽培と利活用の取り組みは、小中学生や高校生も参画できる活動です。被災地支援、SDGsの理解、福祉とのかかわり体験、そして食文化にふれる機会となり、子どもたちへの波及・影響が大きくなることも特徴と言えます。
Hope Appleとお屋敷保存会では、被災地におけるライ麦栽培の取り組みが成功するかの可否は、各分野における賛同の輪が広がり、連携が生まれるかにかかっているとして、活動をともにしてくれる組織・個人を求めています。
取材・執筆 太田秋夫(ナガクルソーシャルライター)