被災地の産直所で定期演奏「元気を贈る!街角ミニコンサート」

音楽は人の心を癒してくれます。気持ちを前向きにし、困難を乗り越えて突き進む勇気を与えてくれます。令和元年10月に発生した東日本台風(19号)で千曲川が決壊し、甚大な被害が出た長野市長沼地区で、「元気を贈ろう! 街角ミニコンサート」が毎月定期的に行なわれています。被災住民とコロナ感染で打ちひしがれている市民に、音楽を通して元気を出してもらおうというのが趣旨です。

買い物客に気軽に耳を傾けてもらう

街角ミニコンサートの場所は、国道18号線(アップルライン)沿いにあるJAの農産物直売所「アグリながぬま」です。東日本台風で約2メートルの浸水で被災しましたが、いまはすっかり元の状態に戻り、多くの買い物客で賑わっています。国道を通る観光客が立ち寄る様子も見られます。

街角ミニコンサートが始まったのは、令和3年(2021年)4月からで、毎月第3日曜日に固定しています。ことし1月までで8回実施しました。店内で買い物をする人たちに耳を傾けてもらう方式で、いうならばライブ演奏によるBGMとも言えます。プロアマ問わず、趣旨に賛同したアーティストが無償で駆けつけています。

まずは各回のアーティストを紹介しましょう。

第1回 4月 中川真由美 ピアノ(復興ピアノ使用)

第2回 5月 山極おーじ優子 ギター・ボーカルデュオ

第3回 6月 坂口実優 フルート(ワカホームプロダクション)

第4回 7月 Sweet60s 歌謡曲・演歌・動揺・洋楽

第5回 10月 汐入規予 ボーカル&ピアノ

第6回 11月 ATSK ギター・オカリナ

第7回 12月 E7SS サックスアンサンブル

第8回 1月 高山賢人 中国伝統楽器「二胡」

被災者住民に気持ちを寄せるアーティストたち

アーティストたちは、それぞれトークの中で、被災住民を励ます言葉を投げかけています。

ピアニストで、初回を飾った中川真由美さんは長野市豊野町在住です。台風災害の被災者です。日本クラシック音楽コンクール全国大会で特別賞を受賞したこともあるプロのピアニストで、コンサートでのライブ演奏のほか、ホテルでのディナーショーにも出演しています。また、コーラスグループの指導もしています。自宅ではピアノ教室を開いて子どもたちにピアノを教えることもしてきました。その教室のグランドピアノが浸水でひっくり返り、使えなくなってしまったのです。家も全壊でした。中川さんは自らの被災体験を語りながら、「ともにがんばっていこう」と呼びかけました。

2回目の山極おーじ優子さんは、演奏に先立って地域を回って見た様子を語りながら、「地域の人には元気を出してほしいし、被災者の方にぜひ気持ちを寄せていただきたい」と話しかけました。一緒に出演したギターリストの竹内浩一さんは松代にお住まいで、やはり浸水被害を受けたとの紹介もありました。会場で使用しているピアノは被災したけれど修復して使えるようにしたもので、「復興ピアノ」と呼ばれています。

第5回の汐入規予さん出演のときは、地元在住のMさんから「素人なりに作ってみた」という「復興の歌」の楽譜が手渡されました。復興への願いを込めたもので、汐入さんはそれを受け取り、気持ちを寄せて即興で演奏しました。

復興の願いを込めて住民が作った歌を汐入さんが即興で演奏

主催は有志による実行員会

街角ミニコンサートを主催しているのは「スタンドアップ・ル実行委員会」です。この実行委員会は、被災から3か月の節目となる令和2年(2020年)1月13日に、避難所となっていた北部スポーツ・レクリエーションパークを会場に開催した「明日に向かって踏み出すつどい」の際に立ち上がった組織です。趣旨に賛同した被災地支援者や支援団体によって企画運営されました。避難所の閉鎖から1か月が経っており、被災住民は会場で久しぶりに行き会うことができ、声を掛け合って励まし合いました。多数のボランティアも参加して交流しました。内容は音楽演奏などの文化行事が主でした。

この実行委員会は被災住民のメンタル面をサポートしようとその後も活動を継続し、1年後の令和2年(2020年)11月には被災地でもある古里地区の「サンアップル」を会場に「明日に向かって突き進むつどい」を企画しました。長野市の被災より1年3か月前に水害に見舞われた岡山県・真備町のみなさんと交流する内容でした。このとき、初回出演のピアニスト・中川真由美さんにも出ていただく予定でした。しかし、「つどい」はコロナ感染拡大が急速に広がったため、直前での中止を余儀なくされました。

街角ミニコンサートは、そうした流れのなかで実施されています。中心になって運営しているのは、被災直後から支援活動をしているHope Apple(穂保被災者支援チーム)と、一般社団法人しなの長沼・お屋敷保存会です。

お屋敷保存会は、被災して全壊した明治初期の創建とみられる古民家「米沢邸」を修復再建して地域のコミュニティー再生の場として利活用する取り組みを進めています。文化行事を通して地域に明るさを取り戻すことをめざしていますが、まだ「米沢邸」での文化行事が開催できる状態になっていないため、「アグリながぬま」の賛同を得て、ここを会場にしています。構成団体であるとともに、後援としても名前を出しています。お屋敷保存会の活動は、被災者支援を行なっている「シビックフォース」の援助も受けており、こうしたバックアップがあっての街角ミニコンサートになっています。

「つながり」が「つながり」を呼んで実現

アーティストの出演がどのように決まっていったか。

実は、その背景には「人のつながり」がありました。コンサートの趣旨を知った人たちが出演を承諾する背景には、開催趣旨の理解とともに、コロナ禍での活動中止の現状があります。プロのアーティストはライブでのコンサートの中止状況が続き、アマチュアで活動する人たちも発表の場を失っていました。日本中、世界中を襲っているたいへんな状況であるだけに、彼らにも「音楽に触れて元気になってほしい」との思いがありました。主催者の思いとアーティストの思いは一致し、その思いを結び付けていたのは、日ごろからの「つながり」でした。

ピアニストの中川真由美さんは、しなの長沼・お屋敷保存会の天利一歩会長の古い友人でした。フルート演奏の坂口実優さんは長野市若穂の「ワカホームプロダクション」所属ですが、プロデュースをしているワカホームのNさんはHope Appleのイベントに協力参加してつながっていました。音楽ボランティア団体「ATSK」のリーダーも同様でした。Hope Appleが主催した土壁の長屋門修復ワークショップに参加し、その後もお屋敷保存会がめざす「米沢邸」修復再建のためのお掃除で何度も参加していました。

そして、サックスとドラムスの5人グループ「E7SS」との出会いにもドラマがありました。彼らは飯山市を拠点として演奏活動を展開していますが、メンバーの一人Tさんは新潟県上越市の方で、出演希望を伝えてきたきっかけは、やはりお屋敷「米沢邸」絡みでした。「米沢邸」修復に進む前段階は長屋門の修復ワークショップですが、この取り組みを主導したのが新潟市にお住まいで、全国の被災地を飛び回って被災家屋の修復を呼び掛ける活動をしている建物修復ネットワーク代表の長谷川順一さんです。その長谷川さんとTさんとが行き会う機会があり、「長野市の長沼地区に被災した明治初期の古民家があるので、そこで演奏したらどうか」との勧めがあったのです。

他のアーティストも同様で、お屋敷保存会のメンバーでHope Appleの活動にも参画しているTKさんは、さまざまなプロのアーティストと懇意にしており、このコンサートへの出演につなげています。

被災地ではよく語られることがあります。「被災という大変な体験をしたけれど、いろいろな人との出会いがあり、つながりがつながりを生んで、人の優しさを知った」という感想です。この街角ミニコンサートも、つながりによって「優しさ」「思いやり」の気持ちが広がって実現しているようです。

会場を提供している「アグリながぬま」の田中浩介店長は「店内が明るい雰囲気になって嬉しい。心豊かになり、おいしい物を作って食べ、ご家族で元気に過ごしていただきたい」と話しています。毎回演奏後、アーティストと記念写真を撮り、気持ちを一つにしています(下の写真)。

土壁塗り
小舞作り作り

住民主体の復興団体がクリスマスコンサート

長沼地区は4つの区によって構成されていますが、そのうちの穂保区では住民が中心になって被災当初から「元気を出そう」とイベントを行なってきました。被災した年の12月に、すでにクリスマスのつどいを開催しています。そのときに命名したのが「穂保希望のつどい実行委員会」です。その後も、夏祭りなどさまざまな住民の集まりの場を設けてきました。

ことしもクリスマスの企画を何かやろうということになり、スタンドアップ・ル実行委員会が「E7SS」の出演を提案し、「クリスマスコンサート」が実現しました。「E7SS」は「アグリながぬま」での演奏のあと、穂保研修センターの会場に移動し、クリスマスソングなどを入れながら40分の演奏を行ないました。主催者の予想をはるかに上回る70人が参加し、住民のみなさんは生演奏に酔いしれました。

この日は青木村のタチアカネという種類のお蕎麦の振る舞いもあり、耳からだけでなく胃袋も堪能することができました。お蕎麦の振る舞いをしたのは、青木村で蕎麦店を営む「蕎麦屋やまさん」です。そのきっかけは、長沼地区へ何度も支援にかけつけている同村のお寺の住職HさんとHope Appleとのつながりからでした。

このように、前項でもふれたとおり、さまざまな形で人と人とのつながりが生まれ、復興への大切な足掛かりになっています。

クリスマスコンサート
ライブ演奏を堪能
お蕎麦の振る舞いに舌鼓

コロナ禍での開催裏話

コロナの感染状況がコンサート開催の有無を左右するため、実行委員会事務局は常に気持ちが揺れ動いていました。真夏の8月、いつもの「アグリながぬま」の会場と米沢邸の庭の2か所で高山賢人さんの二胡演奏を計画していました。しかし、8月は千曲川の水位が急上昇して危険な状況になったため、中止の判断をしました。このときは長野市としての避難指示は出されませんでしたが、長沼地区ではタイムラインに基づき住民に避難を呼びかける事態でした。高山さんの演奏は翌月への延期としましたが、今度はコロナ感染が拡大したため、9月もまた中止となりました。

高山さんの演奏はスケジュールの関係で1月開催と決め、準備を進めました。ところが、またまたコロナ感染拡大で、長野市は「レベル5」になってしまいました。オミクロン株で以前と状況に変化があること、行政でもイベントの中止を呼び掛けていないこと、人を集めるイベントではなく買い物客に買い物をしながら耳を傾けてもらう形態の催しであることから、十分な対策を講じて実施する判断をしました。

高山さんのファンが来場して密になることを懸念し、隣りの人との距離を十分にあけることを呼び掛ける張り紙を随所に掲示し、開催に先立ってマイクでも呼びかけました。出演者の高山さんも、途中のトークのなかで呼びかけてくれました。椅子を店内各所に配置して、そこに座って聴くことができるようにしました。

その結果、心配はまったく稀有に終わりました。みなさんは距離を保ってくださいました。高山さんの目の前の「ビップ席」は、なんと「ネギたち」です。高山さんにとっても、いままでまったく経験したことのないシチュエーションでの演奏となったようです。

気持ちを寄せたアーティストによってコンサートは回を重ねていますが、このイベントを企画発案してコーディネートしている小島武さんには、次なるステップの構想があるようです。それは、協力してくれたアーティストに一堂に会してもらい、地区内の赤沼公園で大きなコンサートを開催することです。

赤沼公園は住民にとって癒しの拠り所となっている空間ですが、被災当時は家々から出された被災家具などの置き場になっていました。災害ごみが山積みになっていましたが2年を経過して、ようやく元の姿に戻りました。ここに住民のみなさんに集まってもらい、音楽にふれながら復興への気持ちを高め合いたいという思いです。

小島さんは「音楽の力はすごいです。気持ちを鼓舞してくれます。私たち支援者が住民のみなさんに有益な何かをしようと考えたとき、さまざまなアーティストと被災地とをつないで元気を贈れたらと思います」と話しています。

Hope Appleおよびお屋敷保存会の事務所には、出演後にアーティストたちがポスターに書き込んだサインが掲げられています。支援者にとっての復興の活動とは「被災住民に寄り添うこと」です。そんな思いが事務所の中にあふれていました。

(補足) 筆者はHope Apple代表で、同時に「しなの長沼・お屋敷保存会」の事務局長を務めており、この街角ミニコンサートの企画運営に関わっています。どのような趣旨で実施しているのか、アーティストがなぜ協力してくれているのか、コロナ感染禍でのイベントの対応などについて多くの人に知っていただきたくて、企画運営の内情を明らかにした記事にしています。一般的なイベントの報道記事ではなく、被災地でのさまざまな動きの底流に流れている人々の「思い」を伝えた内容にしていますので、「思い」を受け止め、今後も被災地に寄り添っていただけることを願っています。

執筆 太田秋夫(ナガクル ソーシャルライター、Hope Apple代表)