学校での部活動が地域へ移行するとしても…。
「それぞれの地域に指導者や施設が揃っているとは限らない」
「たとえ受け皿があったとしても学校や自宅から遠い場合、通いに伴う身体的・時間的・経済的な負担が発生し、気軽に参加しにくくなる。家庭生活や勉学に支障が出るようでは続けることが難しい」
結果、地域格差と経済格差が顕著になり、不公平感が生まれるのではないか…。
地方の保護者から「心配だ」という声が聞こえてきます。
一方、学校では教員の負担が軽減されるのではと期待が高まっています。
学校での部活動は、担当する教員の「無償の奉仕」です。部活動は「教育課程外」にあって賃金には含まれません。早朝・夕方も土・日曜日も勤務時間にはならず、手当がありません。文部科学省の資料には「部活動は必ずしも教師が担う必要のない業務である」と明記(後述の「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革」資料を参照)されていますが、実際は「断れない」ために教員の長時間労働と過労の原因になっています。
文部科学省の「令和4年度 学校の働き方改革に関する調査結果」によると、2022年度における部活動の顧問教員の配置状況は、公立中学校で91.1%、公立高校で97.1%が「全教員が顧問にあたることを原則とし、複数名の顧問を配置」、または「全教員が顧問にあたり、人数は部員数などに応じて配置」と回答しています。
28年前から課題だった「部活動の問題」
1996年の中央教育審議会が「学校のスリム化」の観点から、「地域社会にゆだねることが適切かつ可能なものはゆだねていくことも必要」と答申しています。
(学校のスリム化)中段を抜粋
部活動は、教育活動の一環として、学級や学年を離れて子供たちが自発的・自主的に活動を組織し展開されるものであり、子供の体と心の発達や仲間づくり、教科を離れた教員との触れ合いの場として意義を有しているものである。しかしながら、学校が全ての子供に対して部活動への参加を義務づけ画一的に活動を強制したり、それぞれの部において、勝利至上主義的な考え方から休日もほとんどなく長時間にわたる活動を子供たちに強制するような一部の在り方は改善を図っていく必要がある。また、地域社会における条件整備を進めつつ、指導に際して地域の人々の協力を得るなど地域の教育力の活用を図ったり、地域において活発な文化・スポーツ活動が行われており学校に指導者がいない場合など、地域社会にゆだねることが適切かつ可能なものはゆだねていくことも必要であると考える。
21世紀を展望した我が国の教育の在り方について/第4章 学校・家庭・地域社会の連携丨中央教育審議会
2018年3月にスポーツ庁が「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」を出し、翌年の国会では「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法の一部を改正する法律案」で「部活動を学校単位から地域単位の取組とし、学校以外の主体が担うことについて検討を行い、早期に実現すること」を含む付帯決議が可決されました。
そして20年9月に文部科学省から「学校の働き方改革を踏まえた部活動改革について(下図)」が出され、「持続可能な部活動と教師の負担軽減の両方を実現できる改革が必要」とし「令和5年度以降、休日の部活動の段階的な地域移行を図るとともに、休日の部活動の指導を望まない教師が休日の部活動に従事しないこととする」とされました。
さらに22年12月に、スポーツ庁と文化庁の両庁名で「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」が出されるなど、数々の指針が続いています。
土台なき部活動改革~中学校部活動の地域移行問題を考える
国の方針には、「生徒にとって望ましい持続可能な運動部活動と学校の働き方改革の両立を実現」とありますが、なにが問題になっているのでしょうか。
24年10月19日(土曜日)、長野県松本市あがたの森文化会館で開かれた「サロンあがたの森2024」のテーマは、「土台なき部活動改革~中学校部活動の地域移行問題を考える」でした。地域の教育関係者など10数名が参加して、松本大学人間健康学部の中島弘毅教授の話に耳を傾けました。
※本記事は中島教授の講演内容を基にし、筆者が独自の調査資料も交えて順不同で編集しました
24年のノーベル経済学賞は「社会制度と国家の繁栄の関係」の研究者たちが受賞
授賞理由は「制度がどのように形成され、国家の繁栄に影響を与えるかの研究」でした。
スポーツは「人類の文化」で、人間性を育み健全な心と身体をつくるために役立ちますが、環境を整えるには社会的・経済的な条件が必要です。
日本が「クラブ化」の模範にしているドイツは、国民全体がスポーツを楽しむ環境にあります。
国際競争力1位のデンマークは、16時に仕事を終えて帰り、プライベートライフを大切にしています。
両国は、それぞれの根底にある考えのうえに社会的な制度を整えてスポーツができる環境を整えています。
生活基盤を国が整備するドイツのゴールデン・プラン
ドイツは「豊かな国民は国の財産」として、生活基盤を国が整備しています。
ゴールデン・プランは、「健康は人間にとって黄金のように尊い」ということから命名されたスポーツ施設整備のナショナルプロジェクトです。子どもの遊び場は、地域の中核となる最重要の施設として位置づけられ、人口ごとに広さと数を決めて自治体が場所を設けています。
キャッチフレーズは「家族の声の届くところに遊び場があり、次の横町に緑の広場とプールがある」で、徒歩2~5分内には砂遊び場や水遊び場、徒歩5~15分に用具遊び場やボール遊び場、15~25分に指導者付の遊び場や身障者の遊び場、25~35分にスポーツ広場や保養パーク・公共オープンスペースなどを設けるといった地域における遊び場の配置イメージが決められています。
ドイツにおける子どもの遊び場計画の下地には、子どもの心身の健全な成長に必要な身体的・精神的・社会的能力を伸ばすために遊びの環境が非常に重要であること、また子どもが充分な遊び体験を積むことは、生涯を通じての遊び・スポーツ活動の基礎として不可欠なものであるという基本的な考え方があります。
「幸せの国」デンマークの8-8-8
8時間労働、8時間の自由時間、8時間の休息(睡眠)、という意味の暮らしを1919年に実現したデンマーク。日中の仕事を早く終わらせて、仕事以外の時間を大切にできることが、幸福度の高さにつながっているようです。
国連が発表する毎年の幸福度調査では10年連続で1〜3位につけるという安定した「幸せの国」で、一人当たりGDP(国内総生産)は6万7,800USドル(21年) と、日本の3万9,280USドル(同年)とは倍近い差があります。
ちなみに日本は2022年の幸福度調査では54位でした。また24年の国連のデジタル政府ランキング(電子政府開発指数)でもデンマークは世界1位。日本は13位でした。
日本に欠けている「土台」とブラックな教員の実態
日本は、昭和時代の高度成長期を経て物質的には豊かになりましたが、社会的な制度面や人間的な精神面はどうでしょう。懸命に働いても大変なことばかり。特に教員は疲弊しています。
「人間としてよりよく生きるために、日本は今までの認識や価値観を見直す必要があるのではないか」と、中島教授は言います。
日本における公立学校の教育職員の給与や労働条件を定めた法律に、給特法(正式名「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」)があります。教員には、原則的に時間外勤務手当や休日勤務を支給しない代わりに、給料の月額の4%に相当する額を「教職調整額」として支給することを定めています。
時間外勤務を命じることができる仕事は「超勤4項目」だけで、具体的には①校外実習その他実習、②修学旅行その他学校行事、③職員会議、④非常災害や緊急措置を必要とする場合などに関する業務に限られていて、「部活動」は入っていません。
この調整額の4%は、昭和41年の勤務実態調査の結果「教員の時間外勤務時間数:平均約8時間/月」を基に設定されたものですが、現在の教員の時間外勤務は大きく増加しています。令和4年の勤務実態調査によれば、月50時間を上回る時間外勤務をしている教員の割合は、小学校教諭64.5%、中学校教諭77.1%に及んでいます。
58年前の給特法に基づく4%の支給だけで「定額働かせ放題」ともいえるブラックな教員の実態。部活動は、教育の一環だけれど「教育課程外」で「教員が自主的で自律的な業務を行い、それが勤務時間外に及ぶこともあるので『超勤4項目』に該当しないそれ以外の業務の時間外勤務についてお金を払う必要がない」というのが文部科学省の解釈。厚生労働省が示す「労働時間の考え方」とも差があります。
教員にしてみれば部活動は、「断れないサービス残業」という負担でしかないという一面もあるようです。そもそも家庭を犠牲にして疲弊している教員にしてみれば、お金の問題ではなく「負担を軽くしてほしい」というのが願いかもしれません。
22年6月に出された「運動部活動の地域移行に関する検討会議の提言」では、運動部活動の課題として、「競技経験のない教師が指導せざるを得なかったり、休日も含めた運動部活動の指導が求められたりするなど、教師にとって大きな業務負担。<土日の部活動指導:平成18年度1時間6分→平成28年度2時間9分に倍増>」と記されています。
また、文部科学省の「教員勤務実態調査〈令和4年度〉の集計〈速報値〉」では、教員の約8割が部活動の顧問を担当していて、平日の在校等時間は1日当たり11時間11分。通常の勤務時間は7時間45分ですから、超過勤務時間は3時間26分になります。これに加えて土日の活動も担当していることから、部活動を担当する教員の負担は非常に重たいものになっています。
教員任せだった部活動
文部科学省の「教員勤務実態調査〈令和4年度〉の集計〈速報値〉」では、部活動の「指導可能な知識や技術を備えている」と回答した教員は48.9%と半数を下回っていて、教員の資質・能力にかかわらず担当を求められるケースが少なくないのが実情のようです。
単に「やる」のと「指導」は別もの。できる人もいれば、できない人も未経験者もいて、レベルはさまざま。やり方は自由だけれど、やり過ぎや体罰は問題になります。
少子化で困難になるチーム競技
1学校だけではチームがつくれず試合や大会に出られないという問題は、人数を必要とする団体競技ほど深刻な問題です。実際、近年は学校の枠を超えて仲間を集めた「合同チーム」が増えています。
国は、部活動の地域移行で次のようなメリットがあると言います。
1.児童生徒の選択肢が広がり希望する活動種目に参加しやすくなる。
2.専門的な指導が受けられやすくなる。
3.教員業務のスリム化が期待できる。
スポーツ庁の「部活動改革ポータルサイト」では、地域連携・地域移行における現状・課題と全国各地の取組事例を見ることができ、長野県における令和3年度からの取組(地域スポーツクラブ活動体制整備事業 成果報告書)も掲載されています。
以下に成果報告書の一部を紹介します。
長野県飯山市では少子化の進行が顕著で、中学校の休日部活動の地域クラブへの移行にあたり、地域クラブとしての受け皿や指導者の確保、少子化により参加生徒数が少ないことによる地域クラブとしての独立した運営体制の構築、レクリエーション的な部活動の受け皿がないなどの課題が挙げられています。また、学校部活動の地域移行に向け、小学校5・6年生、中学校1・2年生、保護者、教員にアンケートを実施したところ、活動場所までの送迎の負担や地域の受け皿、指導者や他校生徒との人間関係などが不安であるとの意見が多かったようです。特に、活動場所までの送迎については、市域が広いため活動場所となる中学校から遠い生徒もおり、練習や大会などへの参加は、親や親戚などによる送迎に頼らざるを得ない面もあり、保護者の負担となることが考えられる。
長野県南佐久郡内では、中学生の「入りたい部活動がない」「部活動には入れたが、人数が少なく大会に参加できない」などの実態を解決するため、佐久穂町・小海町・北相木村・南相木村・南牧村・川上村の6町村が連携して「南佐久郡中学校部活動運営委員会」を設置。佐久穂町教育委員会内に事務局をおき、統括コーディネーターを配置して、部活動地域移行の推進に当たっています。必要となるお金は、6町村が負担。6つの部活動(サッカー・男子バスケット・女子バスケットA・女子バスケットB・男子バレー・卓球)で休日における地域移行の活動を始めています。
長野県長野市
しっかりした「土台」が必要な部活動の地域移行問題
部活動改革の背景には、少子化による生徒児童の減少とニーズの多様化、そして休職や退職が増え続ける教員の「働き方改革」があることは理解できます。志望者の減少で教員の絶対数が足りなくなれば、教育のレベルが下がってしまうことも問題です。
しかし、部活動の地域移行に関しては、「地域の実情を踏まえ」という日本独特の制度設計の曖昧さが、中山間地域を抱える地方の心配を特に大きくしているように思えます。
ドイツの「クラブ」を模範にめざすのであれば、「豊かな国民は国の財産」として生活基盤を国が整備することや、「健康は人間にとって黄金のように尊い」というゴールデン・プランにならって、子どもの遊び場を地域の中核となる最重要の施設として位置づけて整備し、国民全体がスポーツを楽しめる環境を社会制度として整えることが求められます。
古代ギリシャでは「人間としてよりよく生きるための時間的・精神的ゆとり(スコレー:休息や終止、平静や平和を意味する言葉で、市民としての「徳」を実現するための時間的・精神的「ゆとり」を指す)が必要と言われ、哲学者のアリストテレスは「幸福はスコレーに存すると考えられる。けだし我々は、スコレーを持たんがために忙殺されるのである」(ニコマスス倫理学、岩波文庫、十巻七章)と遺しています。
「幸せの国」デンマークは、この古代ギリシャからの思想を体現しているようですが、現代の日本人は「カネやモノを持つため」に忙殺されていて精神的ゆとりを持てていないように思えます。
問題が起きたら「ガイドライン」という絆創膏を貼るような対処療法を常とする日本は、根本的に治療する必要=制度そのものを見直す必要があるかもしれません。部活動の地域移行を、地域任せの対処療法に留めないために、向かうべき方向と社会制度のあり方をしっかり固める「土台」が必要なのではないでしょうか。