#「子どもの権利」って何? 「条例」制定に向けて長野市民が願いを語り合う(第3報)
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取材・執筆 ソーシャルライター 太田秋夫
 2025.5.9

長野市の「子どもの権利条例」制定が具体的になってきました。市が「条例」の骨子(案)を5月中旬に発表し、5月13日からの1カ月間、パブリックコメントを実施します。

それに向けて、「どんな『条例』にして欲しいか」を話し合おうと、3回目になるワークショップが2025年4月29日に開かれました。主催は前回に続いて長野の子ども白書編集委員会事務局で、60名が参加(それ以外に子どもたち数名も参加)しました。参加者は全体会のあと、9グループに分かれて思いや願いを出し合い、「子どもの権利」についての理解を深めました。

市民の関心が高まっている3回目のワークショップ

これまでに寄せられた市民の声

前回のワークショップ(3月30日)のとき、「条例」に望むことをアンケートで書いてもらっていました。参加者全員から意見や希望が寄せられており、冒頭でその内容が報告されました。

意見表明権〉
一番多かったのは、「子どもの意見表明権」についてでした。子どもは自分に関わることは何を言ってもいい、大人はちゃんと聞いていっしょに考えるということを明記して欲しいという要望が出されていました。

〈権利条約31条〉
子どもの権利条約31条に関する希望もたくさん出されました。「条約」で休む権利、余暇を過ごす権利があると言われているものの、それが実現されていない現実があります。「遊んでいないで勉強しなさい」と大人が言わないよう、「遊びは子どもの主食」という時代になっていることを「条例」の中に活かして欲しいという声です。
包括的性教育も話題になっていて、キーワードとしてたくさん寄せられました。小さい頃から自分の体や心のことを科学的にきちんと教えてもらい、自分で守り育てていく必要性についてです。これまではタブーとされていた面があるので、「条例」に盛り込んで欲しいという声があがっています。

オンブズパーソン制度〉
オンブズパーソン制度の位置づけは最も強い要望として出ています。長野市の「条例」骨子を見ると盛り込む方向になっていますが、これを「独立した制度」として設け、そのことを子どもたちにわかるように伝えて欲しいという要望です。長野市のこれまでの制度である「あのえっと」ではなく、独立した第三者機関としての位置づけが強く要求されています。

〈子どもの権利の学び〉
さらに、市民全体が「子どもを守るというまちづくり」を進める上で「条例」が足掛かりになるようにすること、大人が「子どもの権利」について学ぶ方向付けをすることも願いとして出されています。

〈高校生の願い〉
子どもたち(高校生)からは「子どもが自由でいられるような条例にしてほしい」という声が届いています。校則でいろいろな禁止があり、自由がなく、失敗が許されない現実への不満からの声です。

2回目のワークショップで出された主な意見・希望

境界線と同意を理解する絵本の読み聞かせ

意見交換に先立ち、絵本『はじめにきいてね、こちょこちょモンキー!』の読み聞かせがありました。くすぐるのが得意なこちょこちょモンキーは、いつもみんなを笑わせているのですが、ある日、「くすぐらないで!」と友だちに言われます。そこでみんなの気持ちを聞いてみることにし、これからどうしたらいいかを考えるのです。絵本のサブタイトルは、「同意と境界、はじめの1歩」となっています。

ふざけてやっていることでも、それが嫌がられているのかも知れません。場合によっては、いじめやハラスメントの要因になることもあります。最初に「〇〇していい?」と聞いて「同意」を得ることや、答えが人によって違うこと、程度を考えることの大切さを伝える内容の絵本です。子どもたちの人間関係の基本となる「同意」についてやさしく語られており、幼稚園や保育園でも活用されています。(出版社・子どもの未来社)

絵本の読み聞かせをワークショップの内容として提案したのは、包括的性教育の出前授業などをしている方でした。絵本を読んだあと、誰しも入られたくない領域(境界線)があること、それを超えないことでよりよいコミュニケーションをとるためには「同意」を得ることが大事であることを説明。自分の気持ちを大切にすることは、相手の気持ちを理解することにもつながること、いやだと感じたときは「NO GO TELL」(いやだと言い、その場を離れ、信頼できる大人に話す)の行動をとるように子どもたちに伝えているそうです。

小さい頃から自分の気持ちを大切にし、人の気持ちを思いやることを学ばせる方法を実践的に知る時間となりました。

境界線と同意の理解を
NO GO TELL」を子どもたちに伝えている

意見交換で理解を深めたグループワーク

グループワークは前回出された意見や感想をさらに深める形で、次のテーマで行なわれました。

☆子どもオンブズパーソン
☆子どもの意見表明権と31条
☆包括的性教育と情報の提供やサービス
☆自然や遊びを守るまちづくり
☆子どもの権利条例を支援の必要な子どもにどう生かすか

数名ずつの小グループであったことから、切実な気持ちを赤裸々に語る場面も見られました。
子どもをめぐるさまざまな家庭環境のなかで、子どもの気持ちをどう救ってもらえるかがわからず、教育委員会、学校、裁判所に相談しても解決できなかったことが訴えられました。
自分自身の子どものころの切なかった気持ちを振り返る人もいました。伝統行事と子どもたちの成長の関係、地域組織の役割など話題は多方面にわたり、子どもの権利についての理解を深めました。話し合った内容のポイントをグルーブごとに発表して、「子どもの権利条例」制定に向けた願いを共有しました。

活発に意見が交わされたグルーブワーク
包括的性教育のグループでは絵本の見本が

そのなかからいくつか拾ってみると――

〈「安心して相談してね」という魂のあるオンブズマン制度に〉
「自由に生きる権利があるよ」「どうしたいか自分のことは自分で決めることができるよ」ということを実現するためのオンブズであって欲しい。相談のほとんどは調整であって、人権侵害の判断や勧告となるのはそう多くはないのではないか。だから調整の力が必要になる。子どもの声に耳を傾け、子どもの立場になって代弁していかなければならない。そのとき、オンブズパーソンと伴走する相談員が必要になる。安心安全で信頼できる人が相談を受け、子どもが相談して話すなかで本人がどうしたいかを自分で決めて行く。担当者が、年度替わりになって「あとは後任の人に相談してね」では困る。子どもは言語化できないので相談のプロセスがとても大事になるし、守秘義務がないところでは相談できない。「市役所へ来なさい」ではなく、自転車で相談に行ける場所で独立した第三機関に相談できるようにし、「魂のある機関」にすることが必要だ。 

〈子どもの気持ちをどう聞き取るか〉
困難を抱えている子どもは、自分のことを言語化するのが難しい。「朝、起きられない」と言われたとき、その奥にあることを聴きとってあげなければいけない。自分が何に困っていたかを気づくようにしてあげるのは大人の側。オンブズパーソンは子どもの背景にある「言葉になっていない状況」を受けとめなければならない。子どもの気持ちを大切にしながらどうやっていくかを考えたとき、オンブズパーソンがものすごく重要な存在となる。

〈聞き入れてもらえたという大切な体験〉
子どもが意見表明をしたとき、関わった大人が聞いてくれて、少しでも変わったという経験があればまた話してくれる。

〈大人の考えでなく、子どもの気持ちを大切に〉
例えば、大人は「子どもたちに遊具を用意しなきゃいけない」と考えてしまう。けれど、子どもは自然の中で走り回ることが大事であって、何もない所でも遊べる。考えて、自分のやりたいことをやっていく。大人はそれを見守るのでよい。大人が用意したものを、子どもは忖度して使うかも知れないが、子どもはやりたいことをやりたいようにしたいのであって、「大人のよかれは子どもの迷惑だ」ということを知っておかなければ…。子どもは大人が思う以上に忖度しているし、物事をよく考えている。

〈子どもの意見表明権の捉え方〉
権利条約の意見表明権というのは、オピニオン(意見・見解)ではなく、ビュー(景色・眺め)であり、視点が大事。直接的な意見を聞き取るのはもちろんだが、赤ちゃんが泣いたとき「どうしたのかな」と寄り添うようなことではないか。
怒っている、何も言わない、不登校になっている、暴力をふるっている、自傷行為をしている、そうしたことも、それはすべて意見表明なのだということがわかっていないと、「あの子は意見を言わない」となってしまう。

グループ発表①
グループ発表
グループ発表
グループ発表

「条例」が子ども施策にどう活かされるか

子どもに関わるさまざまな立場の方が参加していたことから、意見交換は深まりました。
包括的性教育をテーマにしたグループでは「自分で選ぶ」「決める」「変える姿勢」が子どもたちにとって大事であり、この包括的性教育のことを条例に盛り込んでほしいとの希望が出ていました。家庭で的確な性の話ができることが大切で、そのためには大人の学ぶ場が必要との意見も出ていました。このグループのテーブルには絵本がたくさん並べられていて、これらを使って子どもに教えることができることを確認しました。母子手帳といっしょに「条例」を配布して欲しいとの希望も出されました。

「昭和の私たちが令和の子どもたちにどう話せばよいのか」という提起があり、「時代に合わせて大人がアップデートしていく必要がある」と、自戒の気持ちの意見もありました。

生まれたときから「社会の一員である」ことを子どもたちに教えることが大切で、そうでないと子どもは「親の言うことを聞いていい子にしていればいいと思ったまま成長してしまう」との意見もあり、ここでも大人が理解を深める必要性が出されました。

まずは長野市における子どもたちの実態を調査して欲しいとの希望や、急ごしらえで「条例」を作ろうとしているのではとの疑念も出されました。子どもの声を親や先生がどう汲み取るかが重要で、「条例」をつくっただけでは子どもたちの声は汲み取れないとの声には賛同が多く、子どもたちが芸術に親しむことが大事だけれど(第31条)、貧困で困難な家庭もあるので行政として取り組んでもらいたいとの意見も聞かれました。子どもの権利条約や「条例」に沿った各種施策がどう具体化されていくかが課題となりそうです。

魂のこもった」オンブズパーソンの重要な役割が話し合われた

子どもたちも「意見表明」をする

グループワークでは、別室で子どもたちの話し合いがもたれました。「欲しいもの」「いらないもの」について自由に意見を出し合いました。

欲しいものでは、プール(学校)、公園(放課後遊べる)、遊園地が挙げられました。長野市では学校プールが老朽化や管理費の面などから廃止の方向に進んでいます。学校の授業で水泳ができず、夏休みのプール遊びもできない学校が増えています。一部住民の苦情から子どもたちの声を聞くことや住民の合意が不十分なまま遊園地が廃止されて大きな社会問題にまで発展しましたが、子どもたちが権利条約31条にそって遊べる場が保障されているかどうかの検証も必要なようです。

横断歩道が欲しい」という声もありました。子どもの安全の視点から、これはたいへん重要で、かつ緊急を要する願いと言えそうです。「小学校のトイレ(洋式)がたくさんあるといい」という声に、教育行政はどう応えたらいいのでしょう。エアコン・扇風機(体育館)も出されています。

「いらないもの」では「じゅく」があげられました。やはり子どもたちは遊ぶ時間が欲しいのでしょうか。体育の授業があげられ、「もっと工夫を」との希望があるようです。子どもたちが楽しく学べる授業の仕方を工夫して欲しいという願いなのかも知れません。

親としても教師としても、また行政としても耳を傾ける必要のあることが、子どもたちの生の声として浮かび上がって来ました。子どもたちの声なき声に心を寄せる必要を痛感させられる子どもたちの発表でした。

この子どもたちの願いに耳を傾け、どう希望に応えるか…

「条例」案とオンブズパーソンの位置づけ

長野市が検討中の「条例」は、大人の役割を明確にしながら具体的な取り組みとして「意見表明」「子どもの居場所づくり」「子どもの育ちの支援」「安心・安全な環境づくり」「プライバシーの保護」「子育て家庭への支援」「虐待・いじめ・差別等への取り組み」「相談・救済」を盛り込むことにしています。そのうえで子どもオンブズパーソンを設置することとし、その職務や執行について定め、子どもとその関係者はオンブズパーソンに権利侵害を相談・申告できること、オンブズパーソンから勧告を受けたときは関係機関は尊重することなどが盛り込まれる見通しです。

これについてオンブズパーソン制度の設置を求め続けてきた市民グループでは、市の相談組織である「あのえっと」が窓口になって権利侵害かどうかを判断してオンブズパーソンにつなげる仕組みになることを懸念しています。教育委員会などの行政機関等が関わる「あのえっと」が相談内容の扱いを振り分けする場合、勇気を振り絞って相談した子どもにとって、「受け入れてもらえなかった」となることが危惧されるというのです。そのため、どうしても完全に独立した第三者機関であるオンブズパーソンの仕組みが必要だとしています。

長野県弁護士会がシンポジウムを計画

長野県弁護士会も長野市の「子ども権利条例」制定に強い関心を持っており、「子どもの日 記念シンポジウム」を5月18日(日)午後、長野市生涯学習センターで開催することにしています。
テーマは「子どもの権利条例における相談・救済機関の果たす役割とは」で、子どもオンブズパーソンをしている半田勝久氏(大学教授)と掛川亜季氏(弁護士)の2人が基調講演・報告をします(詳細はチラシ)。そのあとのパネルディスカッションには荻原健司市長も登壇し、オンブズパーソンの位置づけについての意見が交わされるとみられます。

子どもの権利条例」をテーマにした長野県弁護士会主催のシンポジウムチラシ

意見書で「あのえっと」との骨組みを提案

また、長野県弁護士会は荻原市長と市議会に対し4月18日、意見書を提出しました。
この意見書で、「あのえっと」で相談を受ける人がオンブズパーソンの補助をする位置づけにし、ダイレクトにオンブズパーソンにつなげることを提案しています。

「あのえっと」は、こども未来部の下に置かれていますが、これをオンブズパーソン制度の相談窓口と一体として市長の附属機関に組織変更することを求めています。「あのえっと」の相談員に現役の指導主事が含まれている現状について、独立性を担保する観点から問題があると捉えており、相談窓口を担う相談員や調査専門委員などのスタッフは、オンブズパーソンを補佐する立場からオンブズパーソンと同様に独立性が求められることを指摘しています。

第1 意見の趣旨
1 長野市が現在制定を検討している「子どもの権利に関する条例」に基づき、長野市にオンブズパーソン等の子どもの相談救済機関(以下、「オンブズパーソン」という。)を設置することを求める。
2 前記1のオンブズパーソンは、次のとおりのものとすることを求める。
(1)オンブズパーソンの機能、職務及び権限は、こども基本法や子どもの権利条約の理念を踏まえたものとすること
(2)公的第三者機関として、その独立性が十分に担保されたものとすること
(3)既存の子どもの総合相談窓口である「あのえっと」(こども総合支援センター)をオンブズパーソン制度の相談窓口として位置付け、それにふさわしい人的体制を備えたものとすること
3 前記2のオンブズパーソンを実効的に機能させるための十分な予算措置を講ずることを求める。

会長声明・意見書|《長野県弁護士会》は、長野県内に法律事務所を持つ弁護士全員が加入する法定団体です。

パブリックコメントで意見を寄せよう

長野市は5月13日(火)~6月12日(木)の31日間、パブリックコメントを実施し、市民からの意見を受け付けます。「条例」骨子案は市役所こども政策課、各支所、長野市のホームぺージで閲覧することができ、意見の提出は、ながの電子申請サービス、郵送、ファックス、メール(こども政策課)、持参(閲覧窓口)で受け付けます(5月13日以降)。

ワークショップ主催者の小林啓子さんは、「きょうのワークショップで出たことをまとめてアピールを出したり市へ届けたりということはしないので、それぞれが自分の意見をパブリックコメントで寄せてください」と呼びかけました。

長野市は今回の「条例」制定にあたって特別委員会は設置せず、担当部局(こども未来部)と通常の常任委員会(福祉環境委員会)の検討で進めています。パブリックコメントのあと7月に委員会を開いて「条例」案を決め、9月議会に提案して制定するスケジュールを考えているようです。そのため、今回のパブリックコメントが市民が直接声を届けることができる最初で最後の機会となります。どれだけの意見・要望が出され、それがどう「条例」案に反映されるか注目されます。

(仮称)子どもの権利条例骨子案へのご意見募集(パブリックコメント)を予定しています。 – 長野市公式ホームページ

市民団体が署名活動を展開

署名を呼びかけているのは「長野市子どもにやさしいまちフォーラム」です。子どもの権利を実現させるための署名で、長野市長と市議会議長に対し、「条例」を制定するにあたり、公正中立の立場で子どもの相談・救済を行う第三者機関(子どもオンブズパーソン)の設置を求めています。ペーパーによる署名のほか、オンラインによる署名もできるようにしています。

オンライン署名 · 長野市に、公正中立な立場で子どもの相談・救済を行う第三者機関 (子どもオンブズパーソン)を設置してください – Nagano, 日本 · Change.org

これまでに集まった署名を持参して5月19日(月)、荻原市長に直接手渡す予定でおり、残りわずかの期間ですが市民の署名への協力を呼び掛けています。

子どもにやさしいまちフォーラムの呼びかけパンフ(パンフの締め切り日は1月末になっているが、現在も引き続き受付中)

第1報
長野市が検討している「子ども条例」に、「オンブズパーソン」が盛り込まれるか | ナガクル

第2報
長野市の「子どもの権利条例」の行方は? オンブズパーソンの重要性を語り合う(続報) | ナガクル

#一次救命処置が命を救う 心肺停止のときは迅速な対応を
執筆 / ソーシャルライター 太田 秋夫 ( 赤十字救急法指導員 )
 2025.4.23

あなたの大切な人が、もし病気や事故で心肺停止になってしまったとき、あなたはその人の命を救えますか。救急車を呼んだだけでは手遅れの危険が大きいのです。一刻も早く一次救命処置をする必要があります。その人の命は、あなたの行動いかんにかかっています。

筆者は10年前から赤十字救急法指導員として一次救命処置をはじめとする救急法の普及にあたってきました。本稿では、一次救命処置の必要性と具体的な方法、講習の現状や命を救える可能性についてお伝えします。それは一人でも多くの人に救命処置を覚えてもらい、一人でも多くの人命を救いたいという願いからです。

いつ遭遇するかわからない心肺停止

脳卒中や心臓病などの病気、予期せぬ事故(ケガ)だけでなく、日常生活上でも心肺停止に陥ることがあります。

高齢者や乳幼児では食べ物や異物が喉に詰まって呼吸ができなくなったとき、それをただちに取り除かないと心肺停止になります。夏場の熱中症でも心肺停止になることがあります。高齢者は熱中症の症状が出ているのに気づかずに状態が悪化していき、ついには心肺停止になってしまうのです。2023年(令和5年)は全国で1,651人が熱中症で亡くなっています。

健康な人がスポーツ中に心肺停止に襲われることがあります。走っていて突然倒れたり(急性心筋梗塞など)、サッカーや野球のボールが胸に強く当たって心臓振盪(しんとう)を起こしたりしたときです。

ぜひ知って欲しいのは、入浴中に亡くなる人がたくさんいることです。厚生労働省研究班は、年間1万9,000人に上るという数字を発表しています。交通事故の死亡者数約4,000人の4~5倍です。高齢者ほどリスクが高く、ヒートショックや熱中症(入浴中でも起こる)になり、さらに何らかの原因によって意識を失って溺水することもあります。

このように、身近な人が予期せず、ある日突然に心肺停止になってしまうことがあることを、私たちは認識しておくことが必要です。

ただちに救命処置をすることで命は救える

心肺停止に陥っても、すぐに一次救命処置をすることで命を救うことができます。それは時間の経過とのたたかいです。心肺停止後ただちに救命処置をすれば助かる可能性は高く、時間が経過するほどに救命率は急速に低下します。119番通報をしてから救急車が現場へ到着するのに平均約10分の時間がかかります。救急車の到着を待って救命処置を始めたのでは、助かる確率は大幅に低いのです。

心臓は全身に血液を送り出すポンプです。これが止まると最もダメージを受けるのは脳神経細胞です。血液が届かなくなると、脳神経細胞は2~3分で壊れてしまいます。壊れた脳神経細胞は元に戻りません。ですから、脳神経細胞が壊れないように、胸を強く押すことによって胸郭(きょうかく)内にある心臓を動かし、脳に血液(酸素)を送り届ける必要があります。脳神経細胞が壊れないような処置をしながら病院へ救急搬送し、医師による本格的な救命処置を行なうのです。私たち市民が一刻も早く一次救命処置をしなければならないのは、脳神経細胞が短時間に壊れてしまうからなのです。

心配蘇生(胸骨圧迫)とAEDによる除細動は誰でもできる

本稿では講習会の現状など一次救命処置の普及状況についてお伝えしますが、まずは一次救命処置の概要を紹介します(寸刻を争って行動に移す必要な技術であることにちなんで)。

人が倒れていたら周囲の状況を見回して安全であることを確かめてから近づき、まず全身の状態を観察してください。もし大出血をしているようでしたら、直ちに止血(ガーゼやタオルなど清潔な布を傷口に当てて強く圧迫する。これが直接圧迫止血)します。

そして大きな声で「大丈夫ですか」と声をかけ、返事(何らかの反応)があるかを確認します。何の反応もなかったら近くにいる人に119番通報をしてもらいます。さらに別の人にAEDを持って来てもらうよう依頼します。これが最初にやってほしい〈第一ステップ〉です。

次に、呼吸をしているかどうか確認します。胸、おなかが動いているか観察し、①動いていないとき、②しゃくりあげるような変な(普段と異なる)呼吸をしているとき、③動いているかどうか判断がつかないときは心肺停止との判断をして、ただちに胸骨圧迫をします。これは、以前は心臓マッサージと呼ばれていた救命の技術です。脳神経細胞はあっというまに壊れてしまうので、急いでください。

胸骨圧迫のやり方は、肘をしっかりと伸ばし、手の平の膨らんだところ(手掌基部)を胸の真ん中(胸骨の下半分あたり)に両手を重ねて当て、真下(背骨)に向かって強く押します。胸が5センチ(乾電池の長さ)ぐらい沈むまで強く押します。1分間に100~120回のテンポです。この処置によって脳に血液を送り出し、脳神経細胞が壊れないようにします。

けっして難しい技術ではなく、119番通報をすると講習を受けた経験のない人に対しても、救急司令員が口頭指導で実施してもらうようになっています。難しいのは、勇気をもって行動に移せるかどうかです。

この胸骨圧迫と並行して行なうのが人工呼吸です。頭の側の手のひらでおでこ(額)を押さえ、反対側の手の指で顎(あご)先をあげて気道を確保し、額を押さえていた頭の側の手の指で鼻をつまんで口から息を吹き込みます(感染予防用のマスク使用が望ましい)。この技術は講習で練習しないと難しいかも知れません。

胸骨圧迫と人工呼吸を合わせて心肺蘇生と呼んでいます。現在はコロナの感染が終息していないので、人工呼吸はしなくてもよいとされています。胸骨圧迫のみでも命を救える可能性があるからです。この処置を〈第二ステップ〉として覚えておきましょう。

続いてAEDが到着したら、これを用いて電気ショックによる除細動の処置をします。これが〈第三ステップ〉です。

電源を入れると音声メッセージが聞こえてくるので、落ち着いてそれに従います。パットを右胸の鎖骨下あたりと左の脇の下5~8㎝の位置に貼り、充電が完了したら電気ショックのボタンを押します。これは心臓がけいれんしたように震えた状態(心室細動)になっているのを取り除くための処置です。AEDの使い方も難しくはなく、音声メッセージの指示通りにやれば、誰でも使用することができます。難しいのは、やはり勇気をもって実行できるかでしょう。

一次救命処置までの手順

救急法の講習会で一次救命処置を学ぼう

日本赤十字社では1926年(大正15年)の衛生講習会開催以来、全国各地で人の命を救う方法や健康で安全に暮らすための知識と技術を伝える講習会を実施しています。救急法の講習としては①基礎講習、②救急員養成講習、③短期講習、④オンライン短期講習があり、2023年度(令和5年度)は全国で1万1,738回の講習が行なわれ、35万9,078人が受講しました。

基礎講習の内容は一次救命処置の習得です。救急員養成講習は基礎講習を修了して検定に合格した人が対象となります。一次救命処置以外の応急手当(急病・けが・止血・きずの手当・骨折の手当・搬送・救護)を学びます。2日間の日程で実施し、最終日の検定試験に合格すると赤十字救急法救急員の資格認定がされます。短期講習は主催者の予定に合わせて1~3時間で一次救命処置や応急手当を扱います。オンライン講習はZoomを用いて行なう講習です。

長野県では2023年度、基礎講習が84回・1,582人、救急員養成講習が64回・1,141人、短期講習が496回・1万1,655人、合計616回・1万4,016人の開催状況でした。これとは別に、幼児に特化した救急法等を内容とする幼児安全法の講習会も55回実施し、1,089人が受講しています。2020年に起きたコロナ感染拡大にともない講習会を開催しにくくなっていましたが、ようやく従前の状態にもどりつつあります。

日本赤十字社のほか、各地の消防署でも応急手当普及講習を開催しています。長野市では①救命入門コース(90分 心肺蘇生法とAED)、②普通救命講習Ⅰ(180分 成人に対する心肺蘇生法、AED、気道異物除去、止血法)、③普通救命講習Ⅱ(240分 Ⅰに加えて筆記と実技試験)、④普通救命講習Ⅲ(180分 小児・乳児・新生児に対する心肺蘇生法、AED、気道異物除去、止血法)、⑤応急手当普及員講習(480分)、⑥学校関係者救命講習指導者養成講習(480分)、⑦上級救命講習(480分)の各コースを用意して実施しています。

それぞれ定員20名で、各地域の消防署・分署が担当しています。講習開催については市報などで告知されています。

 長野市の2025年度上半期開催予定 ⇒ r7simonew.pdf

地域で開催の一次救命処置講習

救急法の講習はどのように実施されているか

消防署主催の講習は個人での参加申し込みが可能です。日本赤十字社の講習は開催を希望する団体や企業が主催者となり、指導員の派遣を都道府県支部に申請する形をとっています。日程を調整し、資格を持つ指導員が指定された会場に出向きます。

長野県では小・中学校、高校の教職員を対象にした赤十字の講習が数多く実施されています。これは、「教職員は2~3年に1回は受講するように」との県教育委員会の方針もあり、各学校が毎年実施しているからです。心肺蘇生の実技、AEDの使い方はもちろんのこと、子どもが倒れたことを想定し教職員が連携して対処する現場実動訓練をやることもあります。救命処置の技術を学んでも、いざというときはパニックってしまい、迅速で的確な行動がとれない恐れがあるからです。

続いて多いのは、赤十字奉仕団主催による講習です。これは団員のみならず、地域の自治組織の役員が参加することも多く、60人以上の大人数でいっせいに行なうこともしばしばです。

医療や福祉、スポーツの専門学校では、赤十字救急法救急員養成講習をカリキュラムとして授業のなかに位置づけているところもあります。ハローワークなどが実施する介護福祉士等の労働者養成講習でも救急員養成講習が位置づけられる場合があります。専門職として必須の知識・技術だからです。酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習でも一次救命処置の習得が必須科目になっており、3時間講習に赤十字の指導員が派遣されています。

最近は企業からの派遣要請が増えてきました。職場にAEDを設置しても、訓練されていないといざというときに活用できません。鳶職(とびしょく)の人が大勢働いている建設会社、工場労働者のいる製造会社などに筆者も出向いています。製造会社では「事故で指を切断してしまったときの対処を教えて欲しい」と具体的な要望も出されており、会社が労働安全衛生に力を入れていることを感じさせられました。

介護福祉士の資格取得を目指している人たちの講習

市民による救命処置は心肺停止傷病者の6割に

総務省消防庁は「救急・救助の現況」を公表しています。それによると、2023年(令和5年)の一般市民が目撃した心原性心停止傷病者は2万8,354人で、このうち59.7%の1万6,927人に心肺蘇生が施されました。約6割に上っており、救急法の普及の成果とみられます。

心原性心停止とは、心臓疾患(急性心不全や急性心筋梗塞など)による心停止のこと。気道に異物などが詰まったり(気道閉塞)、水に溺れたりして呼吸が出来ず、酸欠状態になったために心臓が停まる場合は呼吸原性心停止と呼んでいる。

約4割の心肺蘇生を受けなかった人の1カ月後生存率は7.3%、1カ月後社会復帰率は3.4%でした。数%の救命率で、助かった人はわずかでした。これに対して心肺蘇生を受けた人は1カ月後生存率が14.8%で受けなかった人の2.0倍、1カ月後社会復帰率は8.8%で2.9倍です。一次救命処置によって命を救うことができていることを示しています。

ここで詳しく見ておきたいのは、AEDの活用状況です。AEDによって除細動を行なったのは、前年より増えたものの、わずか1,407人でした。一次救命処置をしたうちの8.3%にとどまっています。これは心肺蘇生を施したものの、近くにAEDがあるとは限らず、使用できなかったとみられます。

AEDを使用して除細動をした場合は、1カ月後生存率で54.2%、1カ月後社会復帰率で44.9%です。半数が助かっているのです。この数字から言えることは、直ちにAEDが使えていたら、多くの人の命が救われたとみられることです。AEDによる救命率は、心肺停止になってから1分ごとに10%下がっていきます。そのため、救急車が到着してから(平均して10分後)装備しているAEDを使用したのでは間に合わないわけです。AEDが普及して各所に置かれ、さらに使える人が多くなれば救える命が大幅に増えると思われます。

AEDはどこに置いてあるか

日常の生活圏の中のどこにAEDが設置されているかを知っておくことが大切です。長野市では支所や公民館などの公共施設、小中学校・高校などの教育機関、保育園や老人福祉センター、医療機関などに整備されており、長野市が公開しているリストには519カ所が載っています(2023年12月現在)。このうち59カ所は民間の事業所です。駅構内やホテルで設置されている所もありますが、まだ十分とは言えません。人々がたくさん集まっているスーパーなどに、もっと広がることが望まれます。

松本市も市内の設置場所約200カ所をホームページで紹介しています。

インターネットで設置場所を地図上から確認できるサービスもあるので、これを利用するのも一つの方法です。

日本全国AEDマップ -全国のAED設置場所を地図で共有-

長野市ではAEDの貸し出しをしています。地域のイベントなど多数の者が集まる行事を主催する団体等に対してAEDを貸し付けるものです。無料で利用できるので、積極的に活用するといいでしょう。ただし応急処置の講習を受けてAEDに関する知識や使用方法等を修得した者が配置されていることを条件としています。

AEDの貸出申請 – 長野市公式ホームページ

行政区の地域公民館に設置されたAED
開けるとアラームが鳴ることがある。非常時はそのままに。

救命処置ができる人をどう増やしていくか

交通事故を起こしたとき、その車のドライバーには道路交通法によって「応急救護」が義務づけられています。そのため、運転免許を取得するとき教習所等で一次救命処置の講習を受けるようになっています。この制度のおかげで、新たに運転免許を取得する若い人たちで講習を受講したという人たちが増えてきました。各種専門学校での救急法講習で受講者に質問すると、9割の人が「受けたことがある」と答えています。教習所での学びを思い出してもらいながら、いざというときに確実に行動に移せるよう実技のレベルをあげるようにしています。

中学2年生が学校の保健体育の授業で一次救命処置のやり方を学んでいることを知っていますか。
①応急手当の意義と実際について理解し、心肺蘇生法などの技能を身に付ける 
②応急手当の意義と実際に関わる事象や情報から課題を発見し、自他の危険の予測を基に、危険を回避したり、傷害の悪化を防止したりする方法を考え、適切な方法を選択し、それらを伝え合うことができるようにする―ことが単元の目的とされています。

日本赤十字社では「児童・生徒のためのBLS短期プログラム」を用意しており、小学生、中学生、高校生が授業の一環として一次救命処置の実技を学べるようにしています(BLSとは、Basic Life Supportの略称で、一次救命処置のこと)。ミニアンという訓練用の人形を一人ひとりが使い、全員で一斉に実技を体験します。体育館で3~4クラス合同で行なうことも多くなっています。

いのちの尊さ」を学ぶ授業として位置付け、講習後は「修了証」を全員に渡しています。筆者が講習するときは、「きょう家に帰ったら修了証を見せながら、どのようにやるのかご家族にお話してくださいね」と頼んでいます。子どもたち自身の復習になるし、救命処置の大切さを周囲に伝えることにつながるからです。

学校で行なうBLS短期講習の案内チラシ

地震や水害などが多発するなかで防災への関心が高まり、防災士の資格を取得する人が増えてきました。現在、全国で30万2,544人が資格を取得しています(2024年11月現在)。資格を取得するためには日本防災士機構が認定した防災士養成研修講座を受講し、資格取得試験に合格するとともに、消防署や日本赤十字社などが主催する救命講習を修了していることが要件となっています。災害時は救命処置や応急手当が必須となるので、赤十字の救急員養成講習でも災害時に際しての「救護」を学ぶようにしています。

日本赤十字社の救急法講習は前述したように希望する団体が主催する形をとっていますが、支部主催で誰でも参加可能な講習も行なっています。長野県支部では毎年、県内9か所で年間を通して各地で開催し、赤十字救急法救急員を養成しています(基礎講習も含め3日間の日程)。

また不定期ですが、救急法の普及にあたる指導員の養成もしています(約1週間の日程)。救急法指導員は赤十字事業を進めるボランティアとして活動しています。

長野県支部の講習予定 ⇒ 20250227-10349a32c946613333f3374dd50cc08cbe3a1212.pdf

日本赤十字社長野支部のサイトより令和7年度 支部主催赤十字救急法基礎講習及び救急員養成講習会 日程表↑詳しくは上記表の画像をクリック

赤十字救急法指導員として企業や団体が積極的に主催することを願っていますが、昨年はこんな事例がありました。あるコンビニ店からの申し込みで店員を対象に一次救命処置の3時間講習を実施しました。開催に至った経緯を聞くと、店の客が倒れ、そのときは近くにいた客に対応してもらえたそうです。「お客さん相手の仕事なので、自分たちが万が一のときに対応できるようにしておきたい」と考えて講習を受けることになりました。その後、倒れた人の保温のための毛布も店舗内に用意したとのことでした。これも学んだことの実践です。

人の命を救うために必要なものは?

救急員養成講習のときは、最後の閉講式で学んだ感想を全員にシェアしてもらっています。「一次救命処置の大切さを知ったので、いざというときは行動に移します」との言葉をもらったとき、指導員として救急法普及に取り組んできたことの喜びを感じます。

講習のときは必ず、「人のいのちを救うためには知識と技術が必要である」ことを繰り返し強調していますが、講習最後のメッセージとしてプラスしているキーワードがもう一つあります。「それは何か」を受講者に筆者が伝えるのではなく、みなさんに質問するようにしています。大きな声で「勇気!」との返答が得られれば、その講習は成功です。

あるミーティングの席上で「講習を受けて必要性を実感した人が周りの人に勧めてくれるといいのですが…」と話すと、「自分が学ぶだけでなく、自分自身が倒れることもあるのだから、身近な人に学んでもらって助けられるようにしておきたいよね」との反応が聞かれました。「なるほど」と思いました。

#学校では学べない、他者とつながる力を育む驚きの性教育とは?

学校では教えてくれなかった他者とつながる力を育む性教育

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取材・寄稿/ソーシャルライター 板本泰治(いたもとやすはる)
 2025.4.14

皆さんは「性教育」の授業を学校で受けた記憶があるでしょうか。日頃の報道では、性暴力や性被害のニュースを耳にすることは多いですが、「性教育」に関する番組は少ないのではないでしょうか。

性教育の国際的な基準に基づく「包括的性教育」に取り組む「みすずレディースクリニック」の林智子事務長と、「ごちゃまぜ育児サロン のいね」代表の東條美帆さんほかに現場の声を聞きました。

【インタビュー1】自分の体や性と向き合うことで、適切な行動を促すことができる

林さんは、「女性は生涯を通して女性特有の体の変化を学ぶ必要がある」と考え、「包括的性教育を学び自分の体や性と向き合うことで、個人の内面からの成長や相手の尊重、社会の中での適切な行動を促すことができる」と話します。

企業で働く女性への研修で、「生物的な出産年齢は17歳から25歳である一方、社会的な出産年齢は22歳から35歳とズレがある」と話したところ、「自身のキャリアと家庭を考えるうえで、知れてよかった」との反応。まず「生物学的な適齢期と社会的な適齢期の違いを理解することは、自身のキャリアと家庭生活のバランス、ライフプランを考えるうえで大事な視点になる」と話します。

女子学生に対して「受験のための生理のコントロール」という説明会では、当事者にとって身体への負担が少ない方法を伝えています。受験のために生理をずらすという応急処置もありますが、実は、普段から生活に支障をきたすほど重い生理をコントロールする方が、身体への負担が少なく、安定して管理しやすいと伝えているそうです。

1999年に低用量ピルの使用が認可され、生理が重い場合の保険診療が可能になりました。さらに2020年度の医療費改定で、生理痛や過多月経など月経関連の症状をより手厚く治療できる「婦人科特定疾患」が対象になっています。この治療によって、痛み止めを使わずに生理期間を過ごせる人も出てきました。こうした知識を身につけることで、受験生は自分の健康を理解し、事前準備から本番までベストなコンディションで臨めるようになると、林さんは言います。

長野市犀南保健センターでの健康指導では、「更年期の女性の健康管理」をテーマに話しました。子宮がんは、子宮の入口にできる「子宮頸がん」と、子宮の奥(赤ちゃんを育てる子宮体部の内側)にできる「子宮体がん」の2種類があり、発症する年齢も原因も異なります。「若いうちは子宮頸がんを心配しますが、閉経したら子宮体がんを心配してください」との講義に、「知らないことだったので知れてよかった」「年齢によって心配事も変わるんだ」などの感想が寄せられたそうです。

【インタビュー2】大人が笑えるように、まず自分を知ることが大事

 「ごちゃまぜサロン のいね」代表の東條美帆さんは、総合病院で15年間、医療ソーシャルワーカーをしてきました。病院時代に出会った多くの患者が抱えていた生活困窮や孤独、虐待や自宅出産、生きづらさなどの背景に、自身の4児の子育て経験を重ねて、「子育て」は「孤育て」だと言います。

環境・身体変化が特に激しい女性は、痛み、苦しみ、怒りなどに蓋をしがちになり、自分自身のバランスを見失い、自分を傷つけ、時には他者も傷つけかねません。孤育てにならないよう「大人が笑えば子は嬉しい」「地域に大人が笑えるような居場所をつくりたい」との想いを抱いているそうです。

同じ境遇、多世代、性別を超え、お互いに助かりあう育児、「ごちゃまぜ育児」を展開したいと、ワークショップや交流会に取り組んでいます。「まずは、自分を知ることが大事」と包括的性教育を学び、オープンスタイルで楽しく学ぶ「性」を活動の中心に据えています。

<ごちゃまぜサロン のいね> ←活動はインスタから

続けて 「ごちゃまぜサロン のいね」の運営に関わる3人の助産師から話を聴きました。

夏目尚子さん 「性教育というと性交渉や性被害予防のイメージが強いですが、包括的性教育で学ぶ人権教育では、『自分が大事にされてるな』との思いや、『自分は大事だな』と思える感覚を養うことができます。『のいね』の活動は、自分が大事にされてるなと思える居場所を作ること」

藤澤希望さん 「ひとりの母として子育てに悩むことも多いが、包括的性教育を学ぶことで、育児の助けになったり、自分自身が救われたりすることも多い。母という役割ではなく一個人として、自分の気持ちや自分のやりたいことをもっと大切にしていいんだと気づかせてもらえる」

相澤雅代さん 「最近は、家庭での性教育が大事だと言われますが、包括的性教育を勉強していく中で、『あぁ、そうか、子どもへこういう風に伝えればいいんだな』と学ぶことができます。お産で立ちあって生まれた子どもたちが全員幸せになってほしい。自分の学んだことをアウトプットして、広めていきたい、つながっていきたいと思います」


自分らしく幸せに生きられる未来へつながる包括的性教育

「みすずレディースクリニック」の林事務長と「のいね」の皆さんの活動に共通するのは、「自分に向き合い気づきを得た経験が、自己や他者への理解を深めるきっかけとなった」ということでした。

包括的性教育には、体の変化や心の動き、人間関係まで広いテーマが含まれます。国際的な基準として、ユネスコの「国際セクシュアリティ教育ガイダンス(ITSE, International technical guidance on sexuality education) 、和訳:包括的性教育ガイダンス」を紹介します。

国際セクシュアリティ教育ガイダンス(日本語訳) 8つのキーコンセプト
1.関係性
2.価値観、権利、文化、セクシュアリティ
3.ジェンダーの理解
4.暴力と安全確保
5.健康と幸福のためのスキル
6.人間のからだと発達
7.セクシュアリティと性的行動
8.性と生殖に関する健康

ジェンダー平等や人権を基盤にした学びを重視し、さらに学校だけでなく家庭や社会全体で進める包括性が特徴です。大人がまず学び、自分に向き合うことで家庭や社会の教育が変わります。それが、子どもたちが自分らしく幸せに生きられる未来へとつながります。

包括的性教育を学ぶことは女性だけでなく男性にとっても有意義です。
近年、筆者もアイデンティティ・クライシス(自身のアイデンティティを喪失してしまった状態)を経験しましたが、先の「男性にも女性にもある更年期障害と性教育」を聞き、「自分の状態は、更年期障害の影響もあるんだろうな」と考えさせられました。

包括的性教育は、単なる知識の伝達ではなく、自己を見つめ、他者とつながる力を育む教育です。性について学び考えることは健康と幸福のスキルを学ぶことであり、多様な視点や生き方を尊重することです。

日本社会でも「包括的性教育ガイダンス」に基づいてオープンで科学的な視点から学ぶことができれば、性に対するタブー視が減り、性暴力や望まない妊娠、性感染症など、知識不足による問題も減少すると期待できます。

取材・寄稿/ ソーシャルライター 板本泰治(いたもとやすはる)

#女性の悩みを解決し、年2兆円も見込める「フェムテック」って?

フェムテックの活用で自分らしく、みんなが生きやすくなる社会へ

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<取材・編集>ソーシャルライター 吉田 百助
 2023.10.15

あなたは、月経や出産、不妊、更年期など、女性特有と言われる健康面の話を、周りに堂々と伝えられますか? 
または、周りから見て「どう配慮したらよいのだろうか」と気を遣ったり、悩んだりしたことはありますか?

いま、こうした悩みを解決するためのツールやサービスが注目されています。

経済効果が約2兆円/年と推計される「フェムテック」

経済産業省の「働き方、暮らし方の変化のあり方が将来の日本経済に与える効果と課題に関する調査報告書(概要版)」(令和2年度産業経済研究委託事業)から、フェムテックが経済に与えるインパクトの一部を掲載する。

説明によると「経済効果は、これまで月経に伴う症状、不妊治療、更年期に伴う症状により離職や昇進辞退、勤務形態の変更を余儀なくされていた女性が、フェムテック製品やサービスの利用により、仕事との両立を果たすことで得られる給与相当額を推計したもの。フェムテック関連製品・サービスの売上等、他の条件は含まれていない」とある。

一方、「女性の健康問題による社会経済上の損失」の試算は、年間損失額が7億円近い。
今のままでは7億円を損失し、取り組めば2兆円以上の経済効果があるというフェムテック。

金額のほかに注目したいのは「その他の効果」に、出生数の増加と、正規職員・女性管理職比率の増加が見込まれていることだ。

少子化による生産年齢と働き手の不足は、これまでの社会の歯車を狂わせる。人口の減少は、地域の維持・存続をも危うくする。

女性管理職の比率が低いことは、日本においてSDGs目標5「ジェンダー平等を実現しよう」がいっこうに前進しない「深刻な問題」になっている。

フェムテックは経済効果だけでなく、日本社会と地域に大きな成果が期待できるようだ。

そもそも「フェムテック」って、なんだ?

英語の「female(女性)」と「technology(テクノロジー)」を合わせた造語。

Female + technology ⇒ Femtech

女性特有の悩みや生きづらさを、最新技術(テクノロジー)で解決するアイテムやサービスのことを指す。

「フェムテック」という言葉は、「2021ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされるほど当時は注目されていた。同じ年に「SDGs」もノミネートされ、「ジェンダー平等」はトップ10に入っている。

そもそものきっかけは、政府が2021年6月18日に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)2021」と「成長戦略フォローアップ」に、「フェムテックの推進」という文言がはじめて盛り込まれたことだろう。

後者には、「女性特有のライフイベントに起因する望まない離職を防ぐため、フェムテック製品・サービスの利活用を促す仕組み作りを2021年度から支援する」と明記されている。

具体的な支援のひとつは、経済産業省の「フェムテック等サポートサービス実証事業」。
「新しい当たり前をつくり女性が働きやすい社会を」と題したサイトにある「想いと目的」を引用する。

仕事も人生も思いきり楽しみ
生きやすい社会のために

フェムテックは、月経や出産、不妊、更年期など
女性特有の健康課題をサポートするツールとして注目されています。

また、人に話すことをタブーとされた女性の健康やライフイベントに関わる悩みをひとりで我慢せずに“みんなで”共有し、助け合う「新しい当たり前」をつくるムーブメントにもなっています。

企業や自治体、周りの人の理解は、何かを犠牲にしたり、何かをあきらめたりすることなくライフイベントも仕事も両立したい働く女性が自分らしく生きることを実現していく。
そしてそれは、誰もが働きやすい環境をつくり、企業の価値、社会の価値につながるはずです。

フェムテックは、産業としては始まったばかり。
採択された実証事業を通じ、多くの人にフェムテックを知ってもらい、
女性はもちろん、男性にとっても、幸せに満たされる社会実現への第一歩になることを願っています。

経済産業省 経済産業政策局 経済社会政策室

https://www.femtech-projects.jp/

他人に伝えることが難しい「痛み」

「頭が痛い」といっても、その程度を他人へ伝えるのは難しい。
ズキズキやガンガンなどの言葉でイメージを伝えても、所詮は他人事。

痛みをわかってもらえないことで、ストレスや別の悩みも生じてくる。こっちは痛みをガマンしながら思うように動けないのに、他人には手を抜いているように見えるのかもしれない。やる気が感じられないと思われるかもしれない。

肩こりや腰痛などにも個人差がある。
そして女性には、生理痛という特有の痛みがあり、労働基準法には「生理休暇」が規定されている

(生理日の就業が著しく困難な女性に対する措置)
第六十八条 使用者は、生理日の就業が著しく困難な女性が休暇を請求したときは、その者を生理日に就業させてはならない。

働く女性にとって、生理休暇は国が認めた正当な権利だが、その取得率は驚くほど低く、 しかも年々下がっている。

「働く女性と生理休暇について」令和5年9月28日 厚生労働省 雇用環境・均等局雇用機会均等課より

同資料によると、

生理による不快な症状について、「症状が強いが我慢している」と回答した女性の割合は66.4%。
生理休暇を利用しにくい要因として、「男性上司に申請しにくい」が 61.8%、「利用している人が少ないので申請しにくい」が50.5%と高い割合になっている。
「当事者のみならず、職場の全ての人に生理や生理休暇に対する理解が必要」とある。

相手に伝わりにくい痛みを話す面倒より、ガマンした方がマシ。
特に相手が男性なら、よけいに話しづらい。
まわりは休んでいないのに自分だけという遠慮。
「人に言ってはいけない」「触れてはいけないタブー」という空気感。
また、「人員が少なく、休みにくい」「休んだら迷惑をかけてしまう」といった職場の環境や、「休むと給料が減って生活が苦しくなる」といった声もある。

ガマンして無理をするより「休めば」と声を掛けたいくらいだが、男性が不注意に口にするとハラスメントになりかねない。

できたら触れたくないデリケートな問題!?

厚生労働省は令和2年度、妊娠・出産・育児休業等ハラスメントを含む、職場のハラスメントに関する実態を調査している。

令和2年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査

同調査では、過去5年間に就業中に妊娠/出産した女性労働者の中で、「妊娠・出産・育児休業等ハラスメントを受けた」と回答した者の割合は26.3%で、約4人に1人が経験している。

女性特有の問題に触れれば、かなりの確率でハラスメントになりそうだ。
いくら慎重に対応しようとも、ハラスメントは相手の受け取り方次第で判断されてしまう。

問題を回避するためには「触らぬ神に祟りなし」とするか、「休暇や休業を申請しにくい空気をまとった上司」になるか…。

いま一度、経済産業省の「新しい当たり前をつくり女性が働きやすい社会を」を振り返って抜粋する。

フェムテックは、月経や出産、不妊、更年期など女性特有の健康課題をサポートするツール。また、人に話すことをタブーとされた女性の健康やライフイベントに関わる悩みをひとりで我慢せずに“みんなで”共有し、助け合う「新しい当たり前」をつくるムーブメントにもなっている。

とすれば、フェムテックとは、話しづらい・触れづらいといった空気を入れ替えるための空気清浄機のようなものと考えればよいのだろうか。

職場に常設すれば、イヤな空気の中でガマンすることはなくなるだろう。

長野にあるフェムテックの架け橋

長野県長野市の中心市街地、TOiGO (トイーゴ)の1階にフェムテックの専門サロンFeminity arch」(フェミニティアーチ)がある。

オープンは2021年11月20日。
フェミニティアーチは、フェムテックの専用サロンのフランチャイズとして現在、長野県内で12店舗が登録している。普段から女性の心身の悩みを伺う機会が多い美容サロンや整体サロン、エステサロン、ネイルサロン、マツエクサロン、美容室、プライベートジムなどで、気軽に相談できるフェミニンケア相談窓口として、地域や業種を問わず既存の店舗に追加併設することができる。

生理・妊活・更年期などの悩みに対応した商品を扱いながら、女性特有の月経、不妊・妊活、ウェルネス(女性特有疾患)、セクシャルウェルネス、メンタルヘルス、妊娠、産後、更年期などの悩みを相談し、解決に結びつける「フェムテックの架け橋」として展開している。

代表の成澤由美子さん(写真)に話を聞いた。

「アーチは架け橋。先には、新しい場所、新しい人、新しいコトとの出会いが待っている。肩こりや頭痛、生理痛、更年期など、身体の仕組みを理解したら、悩みが減って気は楽になる。50歳代が自殺する理由に『健康問題』が多いのは気掛かり。美容やケアなどに関わる専門家は、身体に触れることで不調がわかる。変化に気づけて、重症化を予防することができる。会って、触れて、気軽に話して、相談できるところでありたい」。

学校にあった保健室は、なにかあったら行ける場所だった。
なんでも聞いてくれたし、なにも聞かずに寝かせてくれた。なんでも相談できる場所だった。

そんな保健室をイメージして、女性に寄り添って、女性特有の悩みを気軽に相談できる「大人の保健室」のような場所。

「家族や友人に相談しづらいことや、どう解決したらよいか悩んでいることなどを、商品や施術を活用して手助けしたい」と、成澤さんは言う。

製品やサービスには、生理痛を改善する器具や月経周期を予測するアプリ。自宅で簡単に精子の濃度と運動率を測定してセルフチェックができるキットなどもある。上の写真右下の椅子は、骨盤底筋を鍛える器具。

自分のペースで好きに過ごせるスペースも併設

女性に寄り添う場所、空間を提供するのが「Feminity arch WORK LOUNGE」。
フェムテックを活用しながら自分の心と身体に向き合い、受け入れながら自分らしくいられる場所。自分のペースで好きなように過ごせる、家でも職場でもない第3の居場所。

体調がつらい時や集中したい時、気分転換したい時、悩みを話して理解を得たい時などにも利用することができる。

女性の「使いやすさ」を考えたコワーキングスペース(好きに過ごせるオープンなスペースを多様な個人と共有する場所)で、個人の仕事や作業を進めたり、打ち合わせに利用したり、その場で出会う人との交流や共同作業なども生まれる。

ワークスペースと作業用のテーブルやソファー、専門家が女性の身体を考えて監修したこだわりのカフェ、フェムテックケア、個室スペース、マッサージ器や岩盤浴などに加えて、相談窓口とさらに各分野の専門家へつなげる体制も整えて、女性の心身をケアできる設備を備えている。

利用者は、「子どもが小さくて在宅勤務だったが、そろそろ外へ出たい」「起業したい」「おしゃれしたい」など、なにかをしたいという思いを持った方や、午前と午後で働き方や過ごし方が違って別々のことをしているようなパラレル(複数の仕事を並行させて同時に進めること)関係者が多いそうだ。

机に向かったり、本を読んだり、寝ていたり、気になる人に声をかけたり、顔見知りと話をしたり、好きな場所で好きなように過ごし、気になる人と自分の距離感で話すことができる。

いろいろな人と交流していると、ゆるいつながりができ、「したいこと」が出てくることもある。
気の合う人が「ゆかたを着る会」や「大人向け絵本の読み聞かせ」などのイベントを自主的に開いたそうだ。


フェミニティアーチは女性の使いやすさを考えながら「会員制」で特別感を出し、心と体の悩みやキャリアプラン、情報交換会など女性向けセミナーを定期的に開催している。また、会員は限定サイトで過去のセミナー動画や資料を閲覧することができる。

見学と説明会(個人も複数人も可)、資料請求などもサイトから問い合わせることができる。

女性を応援する“暮らすroom’s”プロジェクト

成澤さんは健康支援の「エルズグランドケアアカデミー」として、女性の活躍促進に向けて起業支援などに取り組む「“暮らすroom’s”プロジェクト」に参加している。

プロジェクトの目的は、頼れる人を増やして「自立した女性が増える社会をめざす」こと。暮らしと働き方に応じた学びの場を提供したり、仲間づくり、コミュニティづくり、起業相談と支援などに取り組んでいる。

参加は長野県内で女性を支援する次の4団体(2023年10月15日現在)。

  • 子育て中の母親を結ぶ「ゆめサポママ@ながの」(長野市)
  • まちづくりや環境活動の「パブハブ」(伊那市)
  • 女性活躍支援の「一般社団法人South-Heart」(サウスハート、飯田市)
  • 健康支援の「エルズグランドケアアカデミー」(長野市)

各団体が連携協力して、女性のライフステージに応じた支援で、自立し主体的に生きる女性が増える社会の構築をめざしている。

自分らしく生きられ、誰にでもやさしい社会

女性特有の人へ伝えにくい、話しづらい、触れてはいけないという問題をオープンにして、理解を広げる。

その効果は、年2兆円の経済効果とともに、出生数の増加と、正規職員・女性管理職比率の増加にも現れる。自治体や企業のなかにも、フェムテックを積極的に活用しようという動きが出ている。

知ったら「これ、いいな」という商品やサービスは、どんどん登場しているが、それらが「必要とする人」や「使ってみてほしい人」たちへ届くことが何よりだ。

性別に関係なく、男女それぞれの違いを認め合って多様な個人が自分らしく、みんなが生きやすくなる社会。
「フェムテック」という言葉とともに、心身の悩みや痛みを理解しようとする思いやりの広がりが、誰にでもやさしい社会へとつながる懸け橋になる。

<取材・編集>ソーシャルライター 吉田 百助

#”居場所”をつなげる長野県内の取組み~ひきこもり実践研究会とは~
関連する目標:  

居場所をつなげる取組み~第2回ひきこもり実践研究会はじまる~

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執筆者:さらみ
 2023.6.19

長野県内のひきこもり支援に関するネットワーク、
ひきこもり支援実践研究会】が2年目に突入した。

「ひきこもり」という言葉を目にしたとき、あなたはどのような気持ちになるだろうか。

もしあなたが福祉の関係者、教育の関係者、医療関係者だったら、どのような印象を持つだろう。
あるいは、当事者の家族が目にしたら、ひきこもる本人が目にしたら……どう、思うだろう。

試しに「ひきこもり」と検索をかけてみる。

Wikipediaでの定義に続いて、「ひきこもり」を検索した人たちの多くが追加で知りたいと思っているであろうことがAIの選定で並んでいく。
「引きこもりを脱出できる唯一の方法は?」、「引きこもりは病気ですか?」など。
その下には厚生労働省の「福祉・介護ひきこもり支援推進事業」のページが出て、そこから県内のひきこもり支援センター、メディアの記事などが続く。

これをもし、今まさに苦しんでいる状態の自分が見たら。そっと別画面に切り替えるかもしれない。

「自分は社会から『何らかの支援をされなければいけない存在』なんだ」と否応なしに現実が突き付けられる感じを受けるからだ。

ひきこもり、という言葉やそこから連想される言葉は、それだけで本人の胸をぎゅっと締め付けてしまう。

【ひきこもりの定義と総数】

厚生労働省 ひきこもりの評価・支援に関するガイドラインではひきこもりを以下のように定義している。

様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学,非常勤職を含む就労,家庭外での交遊など)を回避し,原則的には6ヵ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念

厚生労働省 ひきこもりの評価・支援に関するガイドラインより抜粋

また、内閣府が2015年に実施した全国調査では、15歳〜39歳のひきこもりは54万人、2018年調査40〜64歳のひきこもりは61万3,000人。調査の年数が3年ほどずれていることを加味しても、全国でひきこもりの当事者は約115万人以上いることがわかった。

【経験者が運営に携わる長野県のひきこもり実践研究会】
 

この調査結果を受け、全国の自治体では「ひきこもり地域支援センター」という専門の窓口を設置。県内でも「長野県ひきこもり支援センター」が設置され、総合的な対策に乗り出し、令和4年3月に、今後のひきこもり支援のあり方について検討会が開かれ、取りまとめが公表された。
取りまとめのなかで、2018年調査で2,290人がひきこもり状態にあるという結果が示された。全国と割合を比較してずば抜けて多いわけではないものの、依然として予断は許さない状況だ。
実態としてグレーゾーンの人たちも入れると、その数は調査で出た数より実際に多いことが推察される。

ひきこもり支援の課題の柱となったのが、ひきこもりやひきこもり支援に対する共通理解だ。

基本的な考え方として「本人・家族に継続的につながる伴走的支援体制の構築」「多様な社会参加の場づくりの推進」「支援人材の育成推進」等の項目が示され、対策の方向性が定まった。

今まで根強かった自己責任論ではなく、社会全体の課題とし、本人や家族の声・生き方を支援することを、考え方の共通基盤とした。県が明確にこのように定めたのは、とても大きなことだと筆者は感じた。

こうした状況下で、県から支援事業の委託を受けた長野県社会福祉協議会は、経験者の視点を入れた「基本的な考え方」や共通言語の一致を目的として「ひきこもり支援実践研究会」を令和4年6月から5年3月にかけて開催した。
その際、県内で当事者、経験者の声を集めたフリーペーパーを5年前から発行している「hanpo」の草深将雄氏がアドバイザー役として参加。筆者もhanpoのメンバーとして同行し県内を回った。

*hanpoについてはこちらの公式Webサイトをご覧ください。

【研究会参加レポート】

令和4年度は、上田市、長野市、松本市、大町市など県内各地でのべ28回が開かれた。参加者としてその地域の行政担当者、市町村社会福祉協議会の職員、NPO法人の関係者、当事者家族などが集まった。

会場では、ゆったりとした音楽がBGMとして流れていた。講演会やセミナーのような固いものではなく、リラックスしながら話をしていく場を作るためだ。その甲斐もあってか多くの会場は、お菓子や飲み物とともに和やかな雰囲気だった。

第1回目は、hanpo代表の草深将雄氏が、ひきこもり当事者としての経験を参加者に話した。

第2回目は、自分たちの地域にある社会資源をグループごとに出していくワークショップ。それぞれが知っている社会資源を模造紙にまとめ、全体で共有した。

第3回目は、第2回目を参考にしながら参加者それぞれの主観で「ひとりになれる場」「わいわいできる場」「あんしんできる場」「その他の場」の4つのテーマに沿って居場所マップを作成。できた居場所マップをどのように活用していくかについて話し合った。

【動画】昨年度の会場の様子

一部写真提供:ひきこもり支援実践研究会事務局 BGM:フリーBGM・音楽素材MusMusより

【本人の周りから安心させていく】

各会場を回る中で、支援者と当事者との間に意識の隔たりがあるのを随所に感じた。

支援者はどうしても本人や家族を「支援してあげよう」「助けてあげよう」「救ってあげよう」としてしまう。表面には出さなくても、その言動に滲み出てしまう。
ひきこもりを「問題」ととらえ、「解決」しようとしてしまう故のものかもしれない。

しかし、それはひきこもる本人やその家族にとって、実は有難迷惑と感じてしまうことも少なくない。
そうした雰囲気は本人にすぐ伝わる。会場では“支援してあげよう“というニュアンスがこもったアプローチや雰囲気のことを揶揄(ひゆ)し「支援臭(しえんしゅう)」という言葉も挙がった。

一方で、本人が安心できない理由のひとつが、家族との確執だ。「いつまで家にいるつもりなの?」「ハローワーク行ってみたら?」こうした家族からの声掛けひとつひとつが本人を精神的に追い詰め、ますます孤立させてしまうことにもつながるのだ。
研究会での対話の中から、こうした状況が起きる要因は、実は支援する側からの無意識のプレッシャーにもあったことが窺えた。

そして毎回終了後には、参加者した家族や支援者からは、口々に「こういう場が欲しかった」と声が聞かれた。

「ひきこもり」という事象に対して、本人だけでなく、家族や、支援者までもが孤独感を持っていたのだ。参加されたある家族は、支援者が真剣にひきこもりについて考えていたり、自己研鑽しようとしている姿を会場で目の当たりにし、「皆さんの真剣な様子を見て私は一人ではないんだ、と感じられました。本当にありがとうございます」と涙ながらに感想を述べていた。

研究会では特に、支援者側の意見も聞くことができた。実は支援者は普段、当事者家族との接点は多いものの、本人と会う機会は多くなかったことがわかった。故に当事者が何を想い、何を考えているかをそもそも認識することが難しい。本人と話す機会が少ないからこそ、当事者の視点に立ったアセスメントが簡単にはいかないという課題が浮き彫りになった。

これは居場所マップ作成時に、支援者側が「居場所」と考えているが、実は本人にとって居場所だという概念をもてない場合がある、という状況もみてとれた。
支援者側が公的な機関や病院などを「居場所」ととらえていたことに対して、当事者や経験者の中では近くの温泉や地元から離れたファミレス、本屋、人気のない河川敷、ゲストハウス、個人が経営している行きつけの飲食店なども居場所としている方が多くいた。中には墓場が居場所、という本人の声も出た。
支援者は、当事者的な視点も、自分が知らない社会資源も、どこに行ったら家族や本人が安心できるのかという情報も今まで知る機会がほとんどなかったのだ。他の機関とも情報を共有する機会が少なく、地域の社会資源を知り得る手段が少ないことがわかる。

事例として、次のような現象が起きていることが研究会の中でわかった。
家族が行政や社協の担当者に相談に行くも、担当者は居場所についての知見があまりないため、どこにつなげたら良いかがわからない。せっかく相談に行った家族は不安が解消されないままになってしまう。その不安や焦りが今度は当事者に向いてしまう。

そのため、ひきこもり支援実践研究会を通じて、各機関がつながるネットワークの重要性が浮き彫りになった。会の中で「支援者にとって、この研究会そのものが居場所だ」という感想が出たのがその象徴だと思う。

【いつでも参加できる研究会】

そんな「ひきこもり支援実践研究会」は令和5年度も実施される。長野県社会福祉協議会が主催し、参加者を募っている。
https://tinyurl.com/2d4499jo

こちらのURLまたはQRコードから申し込めます。
*クリックするとpdfに飛びます。


内容は、3つのセッションに分かれている。
①基礎理解セッション これまでの振り返りと他の圏域との意見交換
②グループワーク 当事者は、何に困っているか?受け止める側は何に困っているか?
③テーマセッション 各テーマで課題解消に向けてさらに深めていく

前回の振り返りが行われるので、初めての方でも参加しやすい構成となっている。
前年度に参加された方々だけでなく、多くの関係者の方々に次の研究会へ参加してほしい。
特に、今この記事を読んでいる専門職の方や、実際に居場所を運営している方であれば、日頃の業務や活動の糧にきっとなる。


居場所づくりや支援のネットワークを考える中で「誰一人として取り残されない」というキーワードがある。その言葉の対象は実は本人や家族だけではない。支援者もだれ一人として、取り残してはいけない。
今回、hanpoのメンバーとして回っていく中で、そのことを強く感じた。
あなたの「居場所」は、きっとここにある。

<取材・執筆> ソーシャルライター さらみ

ひきこもり支援実践研究会」問い合わせ先:

長野県社会福祉協議会 総務企画部企画グループ(担当:佐藤)
TEL: 026-228-4244   E mail: kikaku@nsyakyo.or.jp
#食料・生活用品200セット無料配布! 「長野きずな村」の活動と貧困の実態 
取材協力 反貧困ネット長野 長野きずな村実行委員会 執筆 ソーシャルライター大日方雅美
 2023.2.10


息が白くなるほど寒い師走の週末。12月17日の午前。長野市新田町にあるJAビル前のスペースで「年末ふれあい・たすけあい・きずな村」が開催された。
テントスペースには、この活動に賛同し集まったお米やりんごなどの食料と生活雑貨が並んでいた。事前申し込みと当日受付、あわせておよそ200セット分が生活に厳しさを感じている人々に無料で配られた。

リーマンショックの年、首都圏で始まった活動がきっかけで「長野にも必要な人がいるのでは?」という想いから2011年に「年末きずな村」がスタートした。年の瀬に、一瞬でもあたたかい食べ物を口にしてもらい、不安な気持ちや、悩みを外にだせる場所として、豚汁などの炊き出しや生活物資、食料品などの配布と同時に、弁護士による相談会などもおこなう。コロナ禍が始まった2020年からは夏にも開催し、今回で14回目だ。

きずな村運営委員会事務局の藤本ようこさんに「活動を行う上での課題は?」と質問すると、一瞬の間があった。

「一番はきずな村が不要になることが望ましいのですが、今は、続けていくことができるかどうか…私たちも余裕がなくなっていることも事実です。地域に暮らす人同士の良心によってのみ運営されている現状には限界があるんですよね…。でも必要な人のためにも、続けていかなくてはいけないですね…」

ある時には、「おまえらのやっていることは偽善だ。ここに来ている人間が本当に困っているのかどうか、わかったもんじゃない。こんなことは意味がないし、俺は嫌いだ!」と、テントのそばにわざわざ言いに来る人もいたそうだ。
「もちろん、いろいろな考えの方がいても当然ですが、それはやはり事実を知らないからなのでしょう。見た目にはわかりにくくても、実際に十分な食べ物が買えない、生活必需品が買えないという人はいるんです。貧困がこの社会に確実に広がっていることをどう伝え、知ってもらうかも大きな課題です」

先進国内で日本はワースト2という衝撃! 

 長引くコロナ禍での経済的打撃や、ウクライナ侵攻の影響による物価高、変わらぬ所得、とさまざまな状況から、多くの人が経済的な不安や厳しさを感じているものの、どれだけの日本人が「貧困」と聞いて自国のことだととらえられるだろうか?

 確かに日本では発展途上国に比べ「絶対的貧困」のケースが少ないことは明白だ。しかし「相対的貧困率」から見ると、先進国において日本はワースト2位。それだけ格差社会が広がっていることを表している。

「絶対的貧困」とは、国・地域の生活レベルとは無関係に、生きるうえで必要最低限の生活水準が満たされていない状態のこと。世界銀行では2015年時点で1日1.90ドル以下(約200円)で暮らす人の比率。

一方で、「相対的貧困率」とは、国全体の平均より低い所得で暮らす人の比率を指す。厚生労働省の「2019年 国民生活基礎調査」による相対的貧困の基準は世帯年収127万円とされ、相対的貧困率は15.7%に達している。つまり日本人口の6人に1人、約2,000万人が貧困ライン以下での生活を余儀なくされている。

引用 「2019年国民生活基礎調査の概況」(厚生労働省) 抜粋


日本の子どもの6人に1人が「貧困」 

 筆者がもっとも直視すべきだと考えるショッキングなデータは、子どもの貧困率だ。

             引用 内閣府 子ども若者白書(平成26年度)
 

 その原因のひとつは、離婚の増加にともなうひとり親世帯の貧困があげられる。ひとり親世帯の貧困率はなんと50%を超えている。その多くが非正規雇用労働者であり、平均収入の低さが際立つ。

 長引くコロナ禍に、ロシアのウクライナ侵攻という非常事態が生活困窮に拍車をかけていることは事実だが、それはあくまで厳しい現実に追い打ちをかける要因の一つであって、今の日本の貧困問題、子どもたちの貧困問題を語るとき、自助努力だけで解決せよというには限界があると思う。

 私たちはまず社会的構造の問題によって「貧困を余儀なくされている」というケースがある現実を、正しく知ることから始めなければならない。

 未来を生きる子どもたちが、生まれた環境に左右されずに将来の選択肢を広げられる社会にすることが大人としての緊急課題だろう。 



#動物と人間の幸せのために必要な「アニマルウェルフェア」(動物の福祉)

動物と人間の幸せのために必要な「アニマルウェルフェア」(動物の福祉)

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執筆者:松井明子 (ナガクルソーシャルライター)
 2022.11.22

普及が進まない「アニマルウェルフェア」の考え方

人間に身近な動物というと、犬や猫を思い浮かべる方が多いかもしれません。

一方で、日ごろ食べている鶏、豚、牛などの家畜動物の生活を思い浮かべることはあるでしょうか。

できる限り苦痛を取り除き、動物にとって快適な環境で飼うという「動物の福祉」「アニマルウェルフェア」の考え方があります。

日本も加盟している世界の動物衛生の向上を目的とする政府間機関「国際獣疫事務局」(OIE)の勧告で、「アニマルウェルフェアとは、動物の生活とその死に関わる環境と関連する動物の身体的・心的状態」と定義されています。

人間が食用などに利用している動物たちに、なるべくストレスが少なく快適な環境で暮らしてもらうことが、実は私たち食べる側にとっても大事なことなのです。

農林水産省がアニマルウェルフェアの考え方に対応した飼養管理指針等の普及を進めようと努めています。

残念ながら、日本では畜産動物の飼育実態が広く知られていません。採卵鶏の多くがバタリーケージ※飼育されていることを約7割の人が知らず、アニマルウェルフェアという言葉を約8割の人が知りません。(2022年 認定NPO法人アニマルライツセンターの調査結果)

※バタリーケージ…一羽あたり22㎝×22㎝ほどの金網のケージ

認定NPO法人アニマルライツセンター 2022年 畜産動物に関する認知度調査アンケート

アニマルウェルフェアを、飼育中だけでなくその先まで考える

採卵鶏は一般的に5ヵ月くらいに育ったヒナを入れて、1ヵ月程度慣らすと産み始めて、1年~1年半の間集中的に産ませて廃鶏にし、また5ヵ月くらいに育ったヒナを入れて…というサイクルで効率的に産卵させるそうです。

4、5年から長ければ10年程度生きるという採卵鶏。役目を終えた鶏たちを、身近な方に無償で譲っている養鶏農家さんがいると聞き、お話を聞いてみました。

上高井郡高山村で養鶏をしている高山村の平飼い卵(むらたま)」の村内倫子さんは、熊本県から移住し、自然に関わる仕事がしたくて移住先探しをしているときに高山村に出合いました。

養鶏の仕事を始める以前の仕事が激務で、食がおろそかになり体を壊してしまった経験から、食生活を大切に、食と環境、動植物と人の幸せのつながりを思うようになったそうです。

村内さんはヒヨコのうちから鶏舎に入れるので、成長するまで5~6ヵ月の空白期間ができます。取材に伺ったときはちょうどその移行期で新たに3期生となるヒヨコを入れる前のタイミングでした。

2019年4月に1期生30羽で開業。2020年5月に完成した運動場つきの鶏舎で2期生を飼い始めました。

ここの鶏たちは純国産鶏のあずさ。鶏たちが鶏舎のなかを自由に行き来する「平飼い」で飼育し、広々とした運動場で放牧をしています。鶏舎は1㎡あたり3羽でしたが2羽にしようとしているとのこと。鶏のつつき合いを防ぐために日本では一般的に行われているデビーク(くちばしを切る)もしていません。

また、一般的なバタリーケージは、ケージの下が傾斜していて、産み落とされた卵が転がり、卵が汚れず集めやすくなっていますが、むらたまの産卵箱は平らで、鶏たちがそれぞれお気に入りの産卵箱で産卵します。

1期生は自分のところで卵を食べたいという4家庭に全羽、引き取ってもらったそうです。

手間も時間もかかる鶏の里親探し。採卵鶏としてもう必要がない鶏の行く先をどうしてそこまで考えるのでしょうか。

「もちろん、うちの子たちを生かしたいという気持ちもあるけど、まずは鶏に興味を持ってもらいたいんです。『1年とか1年半しか産まないの?』と驚かれたり、1日1個か0かというペースで産むのに、『1日10個くらい産みますか?』と聞く人もいます。ポンポン簡単に産むわけではなく、本当に一生懸命産むんだよというのを間近で見る機会が少しでもあればいいなと思います。知識として知っているだけでも、全く知らないのと比べたら全然違います。でも、実際飼って経験してみると、知っているだけ見ているだけと全然違う理解度になる。経験って一番大事」

高齢の方にとっては、子どもの頃に庭先養鶏をしていた方も珍しくないそうですが、私は鶏を間近で見たこともほとんど初めての経験でした。

この子たちが一生懸命産んだ卵をいただいているのかと思うと、1個1個の重みがやはり違って感じられます。

村内さんは「限りある命、家畜と言えども生きているうちは幸せな生を全うしてほしい」と、アニマルウェルフェアへの思いを話していました。

一般家庭の庭先で鶏を飼う

鶏の飼育経験がない私は庭先養鶏をイメージするのが難しく、実際に村内さんから鶏を譲り受けた長野市の高橋有希さん宅を訪ねて、飼育の様子を見せてもらいました。

今年6月に高橋さん宅にやってきた鶏、りんごちゃん。

昨シーズンの大雪であまり鶏舎から出られず、むらたまの鶏たちにストレスがたまり、他の鶏たちにつつかれて首の後ろの羽毛がなくなり、地肌が見えている状態になっていた鶏なのだそうです。

エシカルとアニマルウェルフェアにずっと興味があったという高橋さんは、自宅の隣でパン屋を営み、りんごちゃんの鶏舎も同じ敷地内にあります。車道からは奥まったところにあるため、りんごちゃんが道路に出てしまう心配はないそうです。10月には新たにむらたまさんから2羽目を譲り受け、2羽が隣り合って砂浴びする姿も見られます。

「webでむらたまさんが鶏の里親を探しているのを知りました。ちょうど、生き物を飼いたいと思っていて。パン屋という職業柄、食べ物に関心があるので、鶏を世話することによって鶏が元気に卵を産んで、それが息子のお弁当に入る、そういうのを体験させたいと思いました」

高橋さんにとって鶏の飼育は初めてなので、食べ物などの飼育方法についてはむらたまさんがアドバイスをしています。

鶏というと、「コケコッコー!」と朝暗いうちからけたたましく鳴くイメージがあり、庭で飼えるのだろうかと気になりましたが、それはオスだけだそうで、メスのりんごちゃんは「コッコッコッ」と小さな声でさえずります。

今年5歳になる息子さんは、りんごちゃんが産んだ卵を採ってくるのが好きだそうで、りんごちゃんがおいしそうに虫をついばむのを、高橋さんと一緒になってじーっと見ているといいます。

鶏を飼うことですごく考えさせられます。人間に都合よく改良されて、短期間にたくさん産むように変えられてきた生き物に対して、さらなる仕打ちをするのかという気持ちがわきます。しっかり愛情をかけて世話をしてあげるのも人間の責任なのではないでしょうか

自分の意志で歩きたいところを散策し、虫がいそうなところをつつき、伸び伸び過ごしている姿に、なんだかほっとしてしまいます。

高橋さんは「幸せそうな動物から卵をもらえるというのは精神衛生的にいい」と笑顔を見せていました。

※鶏の飼育をする上での注意

家畜伝染病予防法に基づき、飼育目的や羽数に関わらず、毎年2月1日現在に何羽飼っているかと衛生管理の状況について、家畜保健衛生所に定期報告書を提出する必要があります。鳥インフルエンザ発生予防のため「飼育衛生管理基準」が決められています。

ストレスなく育った鶏はおいしい

採卵鶏だけでなく肉用の鶏の飼育についても知りたくて、中野市のIN THE VILLAGE FARM(インザヴィレッジファーム)の代表、中村栄介さんを訪ねました。

中村さんは、長野県で開発された、長野県オリジナル地鶏「信州黄金シャモ」を飼育しています。信州黄金シャモは、ブロイラーの血が一切入っていない100%在来種の地鶏で、長野県認定の生産者がブロイラーの2倍以上の時間をかけてじっくり育てています。

ブロイラーは通常約50日間で育てられるそうですが、中村さんの鶏は120日間かけて育てているそうです。

静岡県から移住して4年目。3年間は中野市の地域おこし協力隊員として、信州黄金シャモプロジェクトを進めてきました。

決まっていたのは活動テーマだけだったため、当初は鶏の肉の処理の仕方から学び、1年前からは現在の場所を借りてシャモを飼育しています。

鶏舎は3棟あり、それぞれ半分に分けて計6部屋を作り、200羽×6を飼育。生まれて3週間のヒナを畜産試験場から買い、3週ごと部屋を入れ替えて120日間育てます。

「50羽から始めて、いきなり頭数を増やさずに自分で管理できる数だけを飼育してきました」という中村さん。値崩れをさせず、鶏の価値に見合う値段を付けているといいます。

エサも試行錯誤で配合を調整。エサ代は高騰していて、中村さんが養鶏を始めたころの1.5倍の価格になっているそうで、エサには市内の米農家から提供してもらったくず米を混ぜています。

「エサにタンパク質が足りなくなると、鶏同士のつつきが始まります。今の配合になるまではつつきが収まりませんでした」

鶏は地面をつついてエサを探す生き物で、つつきたい欲求を持っているため、鶏同士のつつき合いが起きることがありますが、中村さんのように鶏への理解を深めることで、つつき合いを防ぐことができます。

一方で、日本国内の養鶏場の採卵鶏の80%以上は、つつき合いを防ぐためにクチバシを切断(デビーク)されているという現実があります。

クチバシを切断されれば、鶏は当然痛みを感じます。その後も慢性的な痛みを感じるとされ、切断面からの感染の恐れもあるといいます。ヨーロッパ諸国では、デビークを禁止している国もあります。

ウイルスから鶏を守るために、鶏にストレスを与えず、獣から鶏を守る。それを常識的にやっているだけで、今さら胸を張って言うことでもありません。商売でやっていることですから」と淡々と話す中村さん。生産者が、おいしい肉を生産するために試行錯誤していることが、結果的にアニマルウェルフェアにもつながっているというのは興味深いことです。

取材を通して、鶏肉や卵に関心を持っていたつもりが、養鶏場を目にしたこともなかったことを改めて反省する思いになりました。

日本でなぜこんなにもアニマルウェルフェアが進まないのか―やはり多くの人が実態を知らないことが大きいのではないでしょうか。安すぎる卵、安すぎる鶏肉はどうしてその価格になっているのか、どうやって飼育された鶏なのか、知った上で選択できる消費者になりたいと思いました。

取材:高橋有希さん(2022年7月26日)、高山村の平飼い卵(2022年8月9日)、IN THE VILLAGE FARM(2022年8月16日)

【関連サイト】

認定NPO法人アニマルライツセンター

高山村の平飼い卵(むらたま)

中野市のIN THE VILLAGE FARM(インザヴィレッジファーム)

#子ども食堂を通し、食の大切さ楽しさを考える

子ども食堂を通し、食の大切さ楽しさを考える

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寄稿: ナガクルソーシャルライター養成塾卒業生 中村健(プロフィールは文末参照)
 2021.3.25


つい最近、喉の疾患で、ものがまともに食べられない日が続きました。 そんな中、ものを食べたり飲んだりすることの難しさ・大切さを改めて思いました。食べなければ、確実に体重は減り体力は落ちて気力もなくなるということを、体験したのです。今はもと通りに食べられるようになって、食べれる喜び、楽しさを味わっています。

子ども食堂に参加して


以前、安曇野市で、3年程「おなかまキッチン」という子ども食堂のボランティアスタッフをしたことがあります。子ども食堂について書くと、書き切れないものがあります。

私が子ども食堂のスタッフとして関わり始めた理由は2つあります。1つは、「子どもの貧困」という言葉が遠い存在でないことに気がつき始めたということ。日本の経済格差が拡がり、「日本の貧困は“相対的貧困”」なんだからまだ良いのでは、などと言っていられない状態ではないかと思い始めていたことです。

2018年の発表では、7人に1人の子どもが貧困と、厚生労働省から発表されています。

私が関わろうとした子ども食堂は、“孤食”で寂しい思いをしている子どもたちに、みんなで一緒に食べることの楽しさを味わって欲しいというものでした。

実際、参加者の中には、貧困故に十分な食事ができないお子さんもいたのではないかと思います。

そして、もう1つの関わりの理由は、自分で作った野菜(特に芋類)が自家では食べ切れず、春になっても残っていて芽を出させてしまって、結局破棄することが続き、勿体ないなあと感じていたことです。
ここは、子ども食堂に食材として提供するのが一番と考えたのです。

イメージ写真(撮影:ナガクル編集デスク)

実際にスタッフとして協力して、私自身が得た物が沢山あります。子ども食堂の名前は「おなかまキッチン」。名前の通り、スタッフとしての“仲間”意識をもった人が集まりました。

子ども食堂に向けての準備会議が、とても楽しく、いろいろ勉強になりました。
当日に向けての準備には沢山やることがあります。一番大切なのは、メニューづくりです。だいたいの食材を想定して、そのつど、新しいアイデアが出てきます。みんなで1つの目標に向かっていろいろ意見交換していると、自然と一体感が出てきて楽しくなります。更にそこに、スタッフの子どもたちがいたりすると、益々「子どもたちのために」という、やりがいのようなものが出てきて、まさに「おなかま」で行なう、子どもたちが喜びそうな子ども食堂準備会議となっていくのです。

2時間あまりの時間の中での準備会ですが、いろいろな役割が必要なことがわかってきます。会場掲示係、食材係、調理班、受付、開場準備班(後にはイベント担当も)など、沢山の役割あるがありますが、準備会そのものも、それぞれ楽しみながらやったものです。

そして、当日の朝、親子が、少しずつやって来ます。
受付で、「こんにちは!」と言って迎えるスタッフ。
「よろしくお願いします」と親。
子どもたちも、少し恥ずかしながら「こんにちは!」
こんな感じではじまる「おなかまキッチン」!

調理が始まり、スタッフに混じって、キッチンで楽しく調理のお手伝いをする子ども。食事会場では、担当スタッフとカードゲームなどをしながら、食事ができるのを楽しみにしている子どもたち。

食事の用意がととのうと、みんなで用意したテーブルにつき、バイキング方式で自分の好きなものを好きな量だけプレートに盛り付け、席につきます。 
スタッフからメニューの内容についての紹介、材料を提供してくれた人の紹介などがあり、いよいよ「いただきまーす!」。子どもたちだけでなく、スタッフ全員も一緒になっての楽しい食事が始まります。

今想えば、懐かしくも、楽しい体験でした。

食は命、そして楽しく!


食べることは、生き物が生きていくためには欠かせないものであることは当たり前であり、水や空気と同じように、私たちの「命の大元」であり、「食は命!」であると思います。そして、栄養・安全面だけでなく、何にしても「楽しく食べる」ことこそ、人間に与えられた特権?であり、これを”享受”するに越したことはないと思っているところなのです。

《筆者中村健プロフィール》―9つ顔を持つ男―
①庭師(25年の経験) ②ファシリテーター(繋ぎ役、力引き出し役) ③ワークショップデザイナー ④SDGs翻訳家(SDGsを分かり易く解説する人) ⑤ツリーハウス「修復の家」管理人 ⑥「子どもの権利とSDGsについて語る会」代表 ⑦にわか俳諧師(季節毎の自然を俳句・川柳で語る) ⑧やまびこネット(地域づくりネットワーク長野県協議会)松本支部長・会長 ⑨ソーシャルライター

#虐待相談等長野で約2800件。出産直後の子育て支援を

途切れさせないために必要なものは?
~コロナ禍での子育て支援~

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執筆者:松井明子 (ナガクルソーシャルライター) 
 2020.11.27

年々増える児童虐待相談件数

児童虐待相談件数の増加は全国的に、そして県内でも課題になっています。

県内では、〈図1〉のように児童相談所への相談件数が過去5年間増加し続けており、特に児童虐待を含む養護相談は大幅に増加しています。令和元年度の養護相談のうち、実に7割以上が児童虐待に関する相談でした。

〈図1〉過去5年間の相談種別受付件数

長野県中央児童相談所発行「令和2年度版業務概要」より

〈図2〉養護相談の理由別相談結果

長野県中央児童相談所発行「令和2年度版業務概要」より

児童虐待相談が増えている要因の一つとして、産後うつや子育てへの不安、ストレスを抱える親へのサポート体制の不足があります。全体の子どもの数が減っているのに相談件数が増えているという現状を考えると、より細やかな支援が求められます。

家庭によって抱える問題は異なります。どんな内容のサポートが必要か、サポートする側にはどんなことが必要なのか。長野市内で事業を行う子育て支援団体に日々の活動について聞きました。

長野市で子育てしていて感じることは?

先日、長野県立大学(長野市)の財政学ゼミの3年生4人が、NPO法人ワーカーズコープ篠ノ井事業所が運営する「篠ノ井こども広場 このゆびとまれ」(長野市)を訪れました。子育て中の女性たちに、長野市で子育てしていて困っていることなど、子育ての現状をリサーチすると聞き、同席させてもらいました。

母親たちに子育ての困りごとを聴く長野県立大学生

乳幼児を連れた7人の母親が出席。実家が近い方、移住してきた方、育休中、専業主婦の方など、子育て事情は様々。「自分が病院に行きたいとき、健診を受けたいときに子どもを預ける先がない」という人がいる一方、「一時保育を頼みたいときに月初めに電話で予約しないと予約がいっぱいになってしまう」という切実な悩みが聞かれました。

その中で「外に出て、少しでも人の役に立ちたいけど、子どもがいるからできない。いつも『ありがとう』というばかり」という声が。孤独感を感じやすい子育て中に、どうしたら母親の孤立を防げるでしょうか。コロナ禍で、孤立の傾向はますます高まっています。

コロナ禍で制限される子育て支援事業

出産後、約10%の女性が経験すると言われる産後うつ。抑うつ気分や過度の不安などが2週間以上続くなどの症状が続くもので、出産後、数カ月以内に発症。産後は誰にでも発症の可能性があります。コロナ禍により、両親学級の休止、立ち会い出産、産後の面会の制限、コロナ禍による生活様式の変化などにより、ますます産後うつの発症リスクが高まっています。

篠ノ井こども広場では、母親に広場の存在を知ってもらうために、市の助産師・保健師による新生児訪問の際に利用案内をしたり、市立図書館の「赤ちゃんのおはなし会」で同広場のコンシェルジュが宣伝に行ったりと、周知活動を行っています。

感染対策で絵本やおもちゃの消毒を徹底している「篠ノ井こども広場このゆびとまれ」

しかし、現在はコロナ禍で広場の利用が制限されています。1日を1時間半ごとに3つの時間帯に区切り、年齢別に受け入れ。前日予約で時間帯ごとに親子12組かつ36人未満までに(2020年11月現在)。利用回数も週2回までに限定しています。以前は平日毎日、大人・子ども合わせて100人ほど利用。そのうち70人ほどが午前中に集中していたため、齋藤由美子館長「利用できない親子がどうしているだろうかと気がかり」と話します。

途切れさせず、すべての母親に届く支援を

若かったり、夫にDVの傾向があったり、親や親類を頼れないなど、孤立しやすい母親が孤独感を深めないように、周りが継続して支えていくことが大事です。そのために、一度ひろばに足を運んだ女性たちと関係を切らさない工夫が求められます。齋藤館長は、特に気になる家庭には地道に電話を掛け続けて、「丁度良いサイズの衣類があるから取りにおいで」「こんなイベントがやるよ」などと声を掛け、広場に来るきっかけを提案しているといいます。

それでも自分から救いの手を求めに動けない親もいます。しかも、コロナ禍により1カ所に多くの親子を集められないことも重なり、支援の手が簡単に途切れやすい状況になっています。

支援される親子を待つのではなく、支援する側がこちらから訪問するのも一つの方法です。そんな活動の1つに「ホームスタート」があります。イギリス発祥で全国100カ所以上で行われていますが、長野県内では長野市で、NPO法人ながのこどもの城いきいきプロジェクトが実施しています。養成講座を修了したボランティア「ホームビジター」が産前産後の母親の自宅を週1回2時間、4回訪問し、話を聴いたり、一緒に家事をしたりするなかで子育てへの不安な気持ちに寄り添います。ホームビジターは育児経験のある先輩ママのボランティアです。子育て支援センターに行く元気がなくなってしまっていたり、専門家に相談しづらい悩みを抱えていたりする母親に、ピンポイントで支援の手を差し伸べる活動になっています。

「こども広場じゃん・けん・ぽん」にあるNPO法人ながのこどもの城いきいきプロジェクト事務局

同ホームスタート担当者によると、2019年は利用者が少なく、コロナ禍になり更に利用者がほとんどいない状態が続いていましたが、8月から9月にかけて急増し、2020年11月現在で10件近くの家庭が利用中とのこと。事務局には、「コロナ禍で、実家と行き来できなくなった」「転勤で頼れる人がいなくて困り果てている」という切実な声が寄せられています。

ホームビジターで40代の女性は、夫が転勤族で知らない土地での子育ての大変さを経験し、自分の経験を生かせることを探しこの活動を知ったと言います。各家庭の状況によって、ホームスタートに求めることは違いますが、「まずは、話したいこと、伝えたいことなど、何でもどんどん言ってもらうよう、傾聴に徹します。後は、褒めたり、認めたり、肯定感を持ってもらえるようなサポートを心がけています」と話しています。

支援者側は、ただSOSを待っているだけでは、必要な時に必要な支援を届けることができません。SOSをキャッチするための関係づくりや、どんな状況の母親も取りこぼさない細やかな支援の形作りが重要です。形式だけではなく、地道な種まきの積み重ねが的確な支援につながっていきます。生まれてきた大事な命を一人でも多く救うために最も重要なのは、産後すぐの支援であり、スムーズに支援を行うためにも出産前から妊婦と関わり、途切らせない支援体制が必要です。

取材:2020年10月26日 篠ノ井こども広場このゆびとまれ

#クライシスサイコロジーの視点から新型コロナウイルス感染を考える
関連する目標:  
寄稿: 太田秋夫/HopeApple(穂保被災者支援チーム)代表、脳力開花研究所 クライシスサイコロジー アドバイザー 
 2020.5.14

こころのなかから不安を取り除くには

新型コロナウイルス感染が日本列島を襲い、国民を不安に陥れています。「緊急事態宣言」が出されたことにより経済活動もストップ状態で、こちらの面でも不安が広がっています。*クライシスサイコロジーの視点から、この現状と対応策を考えてみたいと思います。

クライシスとは「危機」「重大局面」のことです。そのとき人間の心理はどのようになるのか、どうすればよいのかをお伝えしましょう。不安と恐怖が蔓延している局面を乗り越え、暗闇から脱出する方法です。

人間はクライシスの状況に直面すると不安や恐怖を感じます。今回の新型コロナウイルス感染拡大でも、昨年10月の台風19号災害でも、「危機」に対して人間はそのような心理状態になります。脳のはたらきがそのときどうなっているかというと、大脳辺縁系(好き嫌いなどの感情基づく本能的な情動や記憶を司る部分)のなかにある偏桃体が活発に動きます。ここには恐怖や不安といった生命の危機に関わって本能的な行動を駆り立てる機能があり、交感神経を刺激し、心拍や血圧が上がり、全身の筋肉を収縮させるなどの身体反応も起こります。

この反応は危機に対して「攻撃」もしくは「逃避」するための本能的なはたらきで、危機から脱出するために人間に備わった本能的機能であり必要なはたらきです。しかし、問題になるのは、偏桃体が優位になると思考や認知・判断をする大脳皮質のなかの前頭前野のはたらきが低下してしまうことです。つまり、的確な判断や行動ができなくなってしまうのです。

そのため人間は意味不明な行動をとるようになります。今回のコロナ騒動でも、デマが広がってコロナとは無関係なトイレットペーパーがなくなり、在庫が十分にあると報道されてもなかなか買い占め行動がとまりませんでした。感染していない医療従事者のお子さんが登園するのを拒否した保育園もありました。理性がはたらいて考えれば、おかしな対応であることは明らかなのに不可解な行動に出てしまったのです。外出自粛のために家庭内でのDVが問題になっていますが、これも精神状態が恐怖と不安に巻き込まれているためと考えられます。県外の車両を傷つけるといった事件も起きていますし、海外ではマスクをつけていない人を殴るといったことも起きています。先が見えないためにうつ状態になる人も増えます。これらはいずれも前頭前野の思考が低下しているがための現象です。

正しい情報を自らの意思で入手し、客観的に判断することが大事

危機に直面すると偏桃体が不安・恐怖を呼び起こす。偏桃体のはたらきが優位になると、前頭前野のはたらきが低下して思考・判断力が鈍る。

 次に、どうすればよいかということですが、前頭前野を正しくはたらかせ、偏桃体の動きにコントロールされないように(つまり恐怖・不安に支配されないように)する必要があります。そのためには、正しい情報を自らの意思で入手し、高所対処にたって判断することが大事です。テレビや新聞などのメディアから流れてくる情報をうのみにしていると不安が増幅するばかりです。ちょっとでも咳が出たり喉が痒かったりすると「自分が感染しているのでは」と不安になる人がたくさんいます。それは、「自分もすでに感染しているかもしれないと思って外出を控えてマスクをし、人にうつさないように」と連日脳に刷り込まれているからです。

日本の感染者確認数は5月5日現在、1万6067人で、死亡者は579人です。これを抑えるために外出自粛や三密防止をするのは当然ですが、実は毎年冬季におなじみになっているインフルエンザは、昨年の冬は1200万人(今年の冬は激減して730万人)が感染し、3300人が死亡しています。交通事故の死亡者も一時1万人を超していたものが年々減少したものの、年間3000人以上が犠牲になっています。今回のコロナとは比較にならない大量の感染者と死亡を出している現実があります。

長野県の感染確認者は72人(5月5日現在)です。人口比でいうと、およそ3万人のうち1人です。確認されていない人もこの何倍かはいるでしょうが、それでも圧倒的な人は感染しておらず、根拠なく隣の人が感染しているかも知れないと不安に思う必要はまったくありません。しかし、日々のメディアの報道だけに接していると正しく判断ができなくなり、不安が深まるばかりです。前頭前野が得た情報を何の判断もなく受け入れると偏桃体の恐怖を増幅させてしまう危険があります。意識的に情報を選択し、正しく判断できるようにしましょう。

正しく恐れることが何より大事です。新型コロナウイルスの感染は飛沫感染と接触感染です。マスクの着用と手洗い・消毒が基本です。対面での食事を避け、三密を守れば感染のリスクは下がります。人と人とが接近したら伝染するわけではありません。前頭前野を働かせ、偏桃体の動きに支配されるのでなくコントロールするようにしましょう。

新型コロナ感染予防の国民的取り組みの効果からか、今年のインフルエンザが前年の6割に激減しています。コロナの予防策といっしょだからです。メディアで判断材料となる数値もようやく発表されるようになってきました。一時より再生産数が下がっているのも嬉しい情報です。頭をはたらかせて不安を取り除き、新しい生活スタイルを確立しながら暗闇から抜け出しましょう。

*クライシスサイコロジーとは/クライシスは「危機」「重大局面」、サイコロジーは「心理」「心理学」という意味で用いています。クライシスサイコロジーは機能脳科学者が提唱する新たな学問体系で、感染症流行や災害時の対応を心理面からアプローチするものです。

寄稿・文責: ゲストライター: 太田秋夫さん/HopeApple(穂保被災者支援チーム)代表、脳力開花研究所 クライシスサイコロジー アドバイザー 

ナガクルは国連が提唱する「持続可能な開発目標」SDGs(エスディージーズ)に賛同しています。この記事は下記のゴールにつながっています。