令和元年東日本台風19号災害(2019年10月13日)から5年の歳月が経過し、千曲川堤防決壊により被災した長野市長沼地区は表面上は落ち着きを取り戻しているように見えます。が、国土交通省北陸地方整備局が計画している「長沼地区河川防災ステーション」は未だにその姿が現われず、ここに設置予定の長沼支所・交流センターは棚上げ状態のままです。
現在はプレハブの建物で不自由さを余儀なくされています。「防災ステーション」建設予定地は長沼城跡の埋蔵文化財発掘調査がほぼ終了し、いま地盤改良工事が進められています。今後、堤防と同じ高さまで盛り土して設置する「防災ステーション」が姿を見せるのは、まだまだ先になりそうです。
「防災ステーション」建設の目的
「防災ステーション」は千曲川沿川での被災時に緊急復旧活動をする拠点として整備し、平常時は地域の交流や防災学習の場として活用することを目的にしています。
- 資材備蓄エリア(割栗石、砕石、根固めブロック、ヘリポートなど)
- 土砂備蓄エリア(備蓄土砂)
- 複合施設エリア(長沼支所・交流センター兼水防センター、災害対策車両庫)
この3エリアからなり、範囲は千曲川堤防に沿って500mを超します。「千曲川左岸には県都長野市の市街地が存在し、人口・資産の集中、流域下水道処理場など重要施設が存在するため、決壊が発生した際は、甚大・深刻な被害が予想され」ることから「災害時の円滑な復旧活動を目的として」資材の備蓄や円滑な水防活動、災害復旧活動を行なうというのが千曲川河川工事事務所の説明です。
被災後、全壊した長沼支所・交流センターは被災時と同じ場所に再建する案もありましたが、「防災ステーション」の敷地内に移転することになりました。以前の場所は「防災ステーション」から国道18号線(通称アップルライン)に通じる復興道路新設にあたり、道路が通過する土地として確保されています(建物は解体され、現在は空き地になっている)。
長沼城跡の埋蔵文化財発掘調査で遺物を次々に発見
「防災ステーション」建設予定地は、かつて長沼城があった場所です。武田信玄ゆかりの城とされ、千曲川沿いの平地に築造された南北約650m、東西約500mの大規模な平城と考えられており、長野県埋蔵文化財センターによって令和3年度から発掘調査が行なわれてきました。
中堀や二の丸の推定地調査では、礎石建物跡、井戸跡などが見つかっています。遺物では陶磁器、鉄砲玉などの金属製品、五輪塔などの石製品が出土しました。
長沼城跡の南側に位置する天王宮についても調査されました。 天王宮は長沼城跡で唯一残存する土塁跡と考えられ、長沼城の土塁がどのように築造されたのかを知る手がかりになると考えられていました。天王宮に生えていた木は伐採され、天王宮の土塁跡を断ち割って土の重なりの観察などが行なわれました。この天王宮は「防災ステーション」建設のために完全に撤去され、姿を消しました。「防災ステーション」完成後は、その上に石碑などを再現する計画です。
二の丸推定地の調査が進むと、炭の集中部、石を投げ込んだ穴の跡などが発見されました。遺物では石臼、碁石、骨、匙(スプーン)などの金属製品が出土しています。
長沼城はこれまで十分な史料がなく「幻の城」と言われていましたが、今回の埋文調査で古(いにしえ)の城の様子が浮き彫りになり、学術的に意義ある成果が得られました。しかし、「防災ステーション」ができることにより、その痕跡は地中深く沈むこととなり、文字通りの「幻の城」となります。
大規模な地盤改良工事が進む
埋蔵文化財調査がほぼ終了したことから、今年(2024年)春から地盤改良工事が進められています。工事の現場は、高さ3メートルの白い壁に囲まれており(写真)、周辺からは中がまったく見えません。長い鉄塔のような機械が擁壁の上部から顔を出し、四六時中、振動するような低音の響きが辺り一帯に流れています。
どんな状況になっているのか住民にわからないことから10月26日(土)、長沼住民自治協議会と千曲川河川事務所は現場見学会を実施しました。予想を上回る住民が参加し、ヘルメットをかぶって1mにも達しない狭い幅の入口から塀の中へ入りました。
防災ステーション建設予定地は地盤が弱く、その上に盛り土をした場合、盛り土がすべって壊れたり、周辺の土地が変形したりする恐れがあります(図②参照)。そのため建設予定地のエリア周辺にセメントと土を固めた杭を打ち込む工事をしています。深層混合処理という工法(図①参照)で、その作業をする巨大な機械は30mの高さがあり、重量は150トンです。軸が回転しながらセメントと土を混ぜて固まった「改良体」を地中深く入れていきます。
やわらかい粘土(軟弱地盤)は、その下の固い地盤まで17~20m。ここに達するまで直径1.6mの杭を打ち込んで並べていきます。盛り土した「防災ステーション」の上に構造物を立てるエリアについては、その固い地盤よりさらに1m以上深くします。このエリアは杭を5本並べるので8mの幅になります。工事区間は長さ114mです。(それ以外のエリアは固い地盤に達するまでで、2本並べる。工事区間は206m)
この工事により、「防災ステーション」の盛り土がすべって壊れないようにするとともに、周辺の地盤の沈下を抑制するとの説明でした(動画参照)。
サンドマット施工で地下水を抜く
もう一つの大工事は、盛り土するエリア全体にサンドマットを施工します。一帯に盛り土してローラーで押し固め、その中に地下排水溝を5~10m間隔で設置して排水する仕組みです。その長さの総延長は3,400mになるとのことです。千曲川沿川は地下水が高い特徴があり、排水することで一定の地盤の沈下が生じます。それが落ち着いたところで、ようやく「防災ステーション」本来の盛り土を行なうとの説明でした。
※サンドマット工法 軟弱地盤上に盛土等の土構造物を施工する場合に適用される工法。表面に厚さ0.5m~1.2m程度の砂を敷設することで軟弱層の圧密のための上部排水を促進する。
工事は11月いっぱいで終了する見通しですが、その後は長野市が発注して長沼体育館裏側でも同様の工事が実施されるようです。
ICT(情報通信技術)の活用
参加者を驚かせたのは、現場の測量や設計、そして大型機械による施工にもICT(情報通信技術)を活用していることでした。ドローンで三次元測量をし、設計も三次元データを用いました。ブルドーザーや振動ローラーでサンドマットの施工をするときも、盛り土材を所定の厚さになるようにしたり、ローラーの転圧回数がわかるようにしたりする工事にICTを活用しているとのことでした。押し固めた回数がモニターに色分けで表示されるので、転圧の漏れがなくなるのです(動画参照)。
※転圧 重力や振動エネルギーを与えて、緩い密度の状態から密な状態に締め固めること。
深層混合処理の施工でも、地盤内の施工状況がリアルタイムでモニターに表示されます。位置情報システムと併用することで工事の精度が高くなっているとの説明でした。モニターはタブレットなどに表示されますが、無線でつながっており、現場で移動しながらでも、また離れた場所にある詰所の中でも作業の状況が確認できます。説明者はモニターを参加者に手渡して見てもらっていました(動画参照)。
土に混ぜるセメントは、現場で地下水を汲み上げて作り、深層混合処理の機械までゴムのような材質のホースを通して送られます。セメントを準備する巨大なタンクを目の当たりにし、参加者は工事の規模の大きさを実感したようでした(動画参照)。
三次元データ作成に作ったドローンが参加者の頭上に飛んで来て、参加者の記念写真を撮るという一コマもありました。
長沼支所・交流センター建設はまだ先の先
地盤改良工事が完了してから「防災ステーション」の盛り土をし、それが落ち着いてからようやく長沼支所・交流センターを置く複合施設エリアの整備が着手となります。
当然ながら、長沼支所・交流センターの建設自体にも一定の期間を要します。それまでは、現在のプレハブの建物での仮住まいです。長野市の長沼支所と住民自治協議会の事務所が置かれ、住民が交流できるスペースもありますが、プレハブの仮設は狭いため利用者数に制限があります。さらにプレハブの構造上から、社会教育の視点での公民館活動(長沼地区は指定管理で公民館活動を交流センターとして実施していた)をするとき、室内では飛んだり跳ねたりの行為はセーブされています。
隣接の被災地豊野地区では、今年(2024年)8月、豊野防災交流センターが開所しました。生涯学習や地域交流の場として、また地域の防災・災害支援活動の拠点として整備されたものです。敷地面積8,728㎡、総事業費は約10億円で、1.2mかさ上げした土地に建設されました。従来の豊野公民館は廃止となり、交流センターがその役割を担うことになりました。
図書コーナー、防災学習室、多目的ホール、キッチンスタジオ、交流ラウンジなどが設けられ、60台を停められる広い駐車場を備えています。芝生広場も大きく、いろいろなイベントの開催が可能です。豊野防災交流センターは、今後の豊野地区の復興や防災啓蒙の諸活動を推進する拠点としての幅広い利活用が期待されています。
長沼地区の「防災ステーション」建設の計画が持ち上がったとき、平常時の利活用を住民と行政が一緒に検討しようと被災翌年(2020年)12月からワークショップ開かれ、翌年にかけてアイデアを出し合いました。さまざまな利活用の案が出され、その実現は復興に立ち向かう地区住民に大きな希望を与えました。しかし、埋蔵文化財発掘調査、地盤改良工事等、「防災ステーション」本体の工事に着手する前の工程が長く続くことになり、「防災ステーション」本体の工事については、5年を経過した現在も着手に至っていません。地域の行政や住民の諸活動の拠点となる場所の整備が遅れる状態が続いているのです。未来に向けて復興へ向かう上での物理的環境が整わず、それは復興に向かう上での足かせになっているとの気持ちが地域に広がっているようです。
住民の熱が冷めてきた
住民自治協議会などが主催する大きなイベントは支所駐車場や長沼体育館を利用して開催してきました。しかし、物理的な環境として一定数の人々が集まれる場所は長沼地区にはなく、住民自身による交流活動には限界があります。工事にともなう施設としてプレハブの住民交流ハウスが設けられて開放されていますが、復興に向けた対策としてソフト面をサポートする体制が大きく立ち遅れているのが5年を経たいまの実態。そのため住民のなかからは、「当初は夢を語り合ったが、いまは関心が薄れている」との声が出ています。
住民自治協議会に設置された「まちづくり委員会」では、「てっかりんご飛ばし大会」を開催するなど新たな地域の取り組みを進めています。しかし、「防災ステーション」建設に合わせた施設整備については「住民の熱が冷めている」との声が出ている現状のなか、復興に向けた地域住民の気持ちをどう高めていくかが課題になっていると言えそうです。
今回初めて実施された地盤改良工事の「現場見学会」が、「防災ステーション」への関心を再び呼び戻す機会となることを願うばかりです。
取材・執筆 太田秋夫(ソーシャルライター 防災士)