#長野県の外国人労働者を「共に暮らす」者として考える

長野県の外国人労働者を「共に暮らす」者として考える

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文責:神保 美月 / 編集:吉田 百助
 2021.11.7

外国人との関係を同じ地域で「共に暮らす」者として考えた時、
私たちは彼らのことをどこまで理解しているだろうか。

外国人労働者は、短期間で訪れる旅行者とは異なる。長期間滞在し、あるいは移住し働きながら暮らしている。コンビニや居酒屋などで働く姿を見かけることはあっても、日ごろの暮らしぶりまで知っているという者は極めて限られているのではないか。

同じ地域のどこかに住みながら、働いて賃金を得て、税金を納め、スーパーで買い物し、決まった日にゴミを出す。私たちと同じように生活しているはずである。ひょっとしたらゴミの出し方がわからず地域でトラブルが起きているかも知れない。あるいは働く時以外は、自宅にこもって出歩かないのかも知れない。

「国籍や民族などが異なる人々が、互いの文化的ちがいを認め合い、対等な関係を築こうとしながら、地域社会の構成員として共に生きていくこと」を、総務省は「多文化共生」と定義している。 長野県には「長野県多文化共生推進指針2020」(2020年3月策定)がある。その「指針改定の趣旨」の中に、長野県の問題意識を示した一文があった。

長野県は高齢化の進展が早く、また人口減少も進んでいるため、外国人の活力をこれからの地域づくりに活かすことなしに、長野県の持続的な発展は望めません
日本人県民としては何とも複雑な思いを抱く。
外国人の活力を地域づくりに活かすとは、どのようなイメージを持てばよいのだろうか。

外国人材は長野県内にどれくらいいるのか?

長野県が公表している「令和3年10月1日現在の長野県の人口と世帯数の推計結果」によると、総人口は2,020,372人。このうち外国人は31,644人。割合にして1.57%ほどにしかならないと思っていたが、市町村別人口を見ると駒ヶ根市の人口総数31,653人と同程度。どの町村の人口総数と比べても、外国人総数の方が多いことがわかった。

県内に在住する外国⼈の推移(毎年12⽉末現在)⻑野県県⺠⽂化部多⽂化共⽣・パスポート

別のデータで外国人労働者数を調べてみた。令和2年の19,858人は、人口総数で飯山市の19,133人や軽井沢町の19,783人に近い。
これほどの数の外国人が身近にいると思ったことはなかったが、調べてみると相当数いることがわかった。
なるほど、コンビニや居酒屋などで外国人の店員を見かけることも増えた。コロナ禍の影響で令和2年は減少したようだが、長い目で見ると外国人労働者数は増加傾向にある


長野県における「外国人雇用状況」の届出状況(令和2年10月末現在)

農業を例に考える外国人との関係

農業の人材不足に対し、外国人労働者の受け入れは考えるべき課題だろう。
しかし、収穫時期など一時的に足りない労働力を外国人で補うだけの関係では「共に暮らす」と言えない。彼らが日本の農業に興味を抱いてくれるような働き方。さらに地域のなかで活力を発揮し、農業と地域が持続的に発展できるような取り組みは考えられないだろうか。

たとえば、地域の子どもたちといっしょに行う農業体験はどうだろうか。言葉は通じなくても、仕草や土の感触、収穫の喜びは共有できる。農作業を楽しみながら、地域のことや異国のことを語り合って笑顔を交わす姿は「多文化共生」と呼べるだろう。作物を育てるという同じ目的で一緒に汗を流すことは、心の交流とも呼べそうである。
収穫した作物を互いの国の方法で料理するのも楽しそうだ。同じ作物でも、国によって調理の仕方や味付けは異なるだろう。作り方を教え合い、互いの料理を同じテーブルに並べることで、違いを楽しむことができる。「こんな食べ方があるんだ」と互いに思い合えたら、それはすてきな多文化共生体験になる。

参考イメージ(吉田百助が2021年5月に長野市松代で撮影)

長野県の多文化共生推進指針を読んでみる

「長野県多文化共生推進指針2020」の基本目標は、「共に学び、共に創る しんしゅう多文化新時代」だ。重点施策のひとつである「やさしい日本語」を具体化するため、「信州」がひらがなになっている。

その新時代の実現に向け、3つの施策目標が掲げられている。最初にあるのが「多様性を活かした持続可能な地域づくり」だ。その説明には「多様性を認め合い、尊重する『多文化共生』の意識を醸成し、日本人県民と外国人県民が共に支え合って協力し、誰もが活躍し、自己実現できる活力ある持続可能な地域づくりを目指します」とある。 先ほどの「やさしい日本語」が、ここでは使われなかったらしい。「日本人県民と外国人県民」という表現も耳慣れない。

要は「おたがいを認めあって協力し、だれもが活躍できる地域をめざす」といった感じでよいのだと思う。

お互いを認めあう多文化共生に必要なのは、「共通」の中から「違い」を見つけ、「違い」の中から「共通」を見つけることではないだろうか。「おいしい」という感覚は共通でも、「おいしい」の基準には違いがある。農作業で感じる「楽しさ」も共通できるが、その楽しみ方や表す言葉にも違いがある。

「指針」のような優れた文章がいくらあっても、お互いを認め合うきっかけがなければ、支え合って協力し、活躍することはできない。
では、私たちの身近に、具体的なきっかけや取り組みがどれほどあるのだろうか。交流する機会がなければ、互いを知り合うこともできないままだ。

外国人と「共に暮らし続けられる長野」へ

少子高齢化で足りない労働力を補うために外国人を雇うことは、持続可能な社会を目指す試みとしても必要である。「外国人の活力をこれからの地域づくりに活かすことなしに、長野県の持続的な発展は望めません」と県が言うほど重要な視点なのだろう。

しかしその際に大切なのは、彼らを単なる「労働力」として見るのではなく「共に暮らす住人」として捉え、互いの「共通」と「違い」を知り合うことだ。
外国人に限らず、労働者には「働く」以前に「暮らし」がある。安定し安心できる暮らしと、それを実現し維持するためのルールが社会にある。共に暮らし続けられる地域であるためには、互いに理解し合える環境ときっかけが必要だ。

農業を例にしたような長野県だからできる「共生」の取り組みを、これからも考えていきたい。「来てくれてありがとう」、「長野に来てよかった」と双方が思い合える社会をともに築いていくために。

文責:ナガクルソーシャルライター 神保 美月
編集:ナガクルソーシャルライター 吉田 百助

👉過去の関連人気記事はこちら『新しい「外国人材の受け入れ」と私たち(2019年4月)』

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