お金は必要?『お金のいらない国』著者によるお話会開催される

想像で思い込みを超える。想像が当たり前を変える。

そんな体験ができるイベント、『お金のいらない国』お話会が2023年12月2日(土)、大人14名、子ども3名の参加のもと開催されました。主催は、人とサスティナビリティ研究所の小池広章さん(後述)です。

落語で親しみやすく伝える

『お金のいらない国』著者、長嶋龍人さん自身が、内容を落語で4部のストーリーを披露。

お金がいらない国があればいいなとみんなが思うのが大事であって、

具体的にどうなればいいかは、みんなが考えればいいこと。

まずは気づいてもらう。

皆が考えた集合体が世の中を作る。

僕はきっかけをつくるだけ。

長島龍人(ながしまりゅうじん)氏プロフィール

1980年武蔵野美術大学卒業後、株式会社電通入社、 35年間中部支社(名古屋) でアートディレクターとして勤務、2015年退社。

1993年「お金のいらない国」執筆

2003年に出版。以後、寸劇、落語、歌などで 理想社会のイメージを伝えている。 「お金のいらない国」 「お金のいらない国2~結婚って?家族って?~」 「お金のいらない国3~病院の役割は?~」 「お金のいらない国4~学校は?教育は?~」 「お金のいらない国5~お金の正体は?~」 (以上『地球村』出版) 「長島龍人のブラックショートショート」 (きれい・ねっと)

■著者自己紹介 ~なぜ「お金がいらない国」の発想となったのか~

広告代理店勤務の30年前の1993年に『お金のいらない国』の初刊を執筆した著者。

入社して10年程経ったころ、お金の仕事が「めんどうくさいな」と思う。見積りを出しても、その額面でないこともある、支払いについても「少し待って欲しい」などと言われる。

早期退職して8年、お金を目的とした仕事はしていない。

お金とはーー自然界にあるものではない。なぜ、人間社会で必要なのか?と疑問に思う。

単純にお金がなかったらどうなる? 食べられるものでもないし、ある意味お金だけなら価値はない。

だから、お金がなかったらどんな社会になるのかーー想像して話を作ってみた。

すると、時代の経過からインターネットが普及し、読んでくれる人が増え、同時に賛同してくれる人も増えてきた。

特に最近、お金ってなんだろうと思う。キャッシュレスの時代で現金がなくとも買い物ができる。お金は実態がない。現金にすれば実態はあるが食べられるものではない。

お金とは・・・

  • 物と交換する権利
  • 物を手に入れる権利

これらを数字で表しているだけの約束事がお金である。

社会で決めてそれをみんなが守っている。今の社会は、働いて稼ぐ、上手いこと(株式投資、詐欺など)して権利を手に入れる。真正直に働いている人はあまりお金持ちになれない。

仕組みを変えれば、あるいはベーシックインカムと言われるように、みんなに少しずつ生きていける位の権利を与えればいいのではないか。社会が誰にどのくらいの権利を与えるか決めればよいこと。そうしたら、人は働くのだろうか?

今のまま(の社会で)、お金だけがなくなっても、みんながそのまま仕事をしていけば、社会は成り立つのではないかーー。

お金がもらえなければ働かないという人。他にやりたいことをする人。銀行、税務署など要らなくなる。たぶん、仕事は激減する。

原始生活に戻るとか、自給自足の生活をするのではなく、今のままみんなが同じことをしていればいい。

■落語第一部  ~お金がない社会とは?お金はものさしのひとつである~

お金のために仕事をしている現代に生きるある人が、2523年のお金のいらない国に紛れこんでしまうところから話は始まる。

メニューに値段が書いていない喫茶店。

和同開珎、円、ドル、ユーロは歴史の中のこと。

「お金」=「働く」と固く結びつけ過ぎて考えていないか?

仕事は社会への奉仕。世のため人のため自分のためにみんなで働かなければ世の中は回っていかない。お金をもらわなくとも。働かない人は社会から奉仕してもらえれば良い。

お金を貯金してたくさんためておけば、贅沢ができる。自分には必要ないものも手に入る。

この世では、なんでも手に入る。泥棒もいない。

お金を動かすために多くの時間、労力(不必要)がなくなれば、世の中の他のため、自分の好きなことに使える。

しばらく、この国で暮らしてみる。楽しそうに仕事している。してもらったことに、御礼をいうだけしかないので、「ありがとう」というとその相手も「仕事をさせてくれて、ありがとう」と返してくれる。

しだいに、お金のために働くという概念がなくなるのである。(第一部落語終わり)

・著者メッセージ

この話がいいかなと思えば想像してもらいたい。みんながそう思えば、お金がいらない社会になるんじゃないかなと思う。

今は仕組みが限界。お金が悪く、あってはいけないの意味ではなく、仕組み(利息がつく、持てる上限がない)を考えないと貧富の差がつく。

また、侵略、戦争(武器の売買、他者を認めないなど)も終わらない。

仲良くできないなら、すみ分ければいいこと。

eumo(ユーモ:共感コミュニティ通貨eumoプラットフォームをリリース)を知人が作った。3カ月経つと無くなるお金。そうなると使わなければならない。お金は回すもの。

お金を存在させるなら、仕組みを変えるべき。

「いつでもただで全部手に入る」となると、手元にお金を貯めておく必要はないし、資源も減らないと思う。

すべては地球の資源を借りているだけ。使わなくなったら、戻す、譲ればいい。

実現せずとも自分がこういう世界がいいなという気持ちを持つことが大事。

■落語第二部 ~結婚という仕組みがなかったら?~

500年後、お金のある社会から、ない社会へ訪ねた人のお話。「結婚」という一夫一妻制の契約制度がない世界。

「結婚」を第三者が認めたり、管理する仕組みはなく、子どもが生まれた場合、届けるが個人の名簿のみ。親が誰であるということは届けない。苗字もない。誰と住もうが、誰の子どもを産もうが自由。家族の在り方もない。(落語終わり)

・著者メッセージ

何も決まりはなかったら?そうなると、人とどううまくやっていくかーー問題が起きたらそこで解決すればいい。「自分はこうします」と宣言し、他の人の生き方に干渉しないというのが理想と考える。

人が作った決まり事はやっかいである。人類はこのままではたぶん破滅するのでは?だったらどうすればいいのか?ひとりひとりがどう考えるか? これが一番大事なのでは。

■落語第三部 ~お金がある社会の不思議なこと~

お金がない500年後の未来から、今の社会へ未来人が訪ねてくるーー。

未来人は、現代社会で人が自慢する豪華な指輪を怪訝に思い、家の鍵の存在自体に驚く。人が人を殺すとか、裁判があることの意味が分からない。

未来の社会では、問題が起きた場合は、病院へ入院し、病気が治るまで退院しない。また「所有」という概念がないため、現代社会の泥棒(略奪)の意味がわからない。(落語終わり)

・著者メッセージ

裁判後鑑別所に入るより、病院で治す、自然がある環境の良いところで暮らすのがよいのでは。ノルウェーの環境の良い鑑別所を出所した人は再犯率が低いという。

■落語第四部 ~不登校の原因は?~

お金がない社会から、お金がある社会へ訪ねた人の魂だけが訪ねてきたーー。

ある女性が、子どもの不登校で悩み、知人に聞いてもらっている。その知人の身体に入り込み、子どもの不登校の本当の原因を突き止めるお話。

「受け入れる」と「受け止める」は同じではない。相手の意見を認めること。こうじゃなきゃいけないんだ、ではなく、人はみんな違う。(落語終わり)

・著者メッセージ

競争社会の学校。不登校、いじめなど学校のシステムに問題があるのでは?

■参加者の感想を聞きました!

・60歳代男性(長野市)

25年前、脱サラして有機農業をしている。サラリーマン当時に、お金のことから抜けないと仕方ないなと思っていた。また100年後の未来を考え、平和、争いごとのない世の中を目指したいなとも思っている。今、自然の中にいると、お金がなんだとか小さな話でなく、自然界の無償の愛をいつも受け取っていると感じている。太陽は光熱費の請求もなく光も熱もサンサンともらっている。雨は水道代の請求はなく水をいただいている。微生物、動物などありとあらゆるものが無償の愛の中で人は生かされている。全体の自然界の愛の中で生活している。お金はあってもいいんだけど、ないと困る。お財布ひとつ程度で回していけると思う。野菜は数日で腐る、米も一年で不味くなる、など腐るものの中でいつもいるので、お金も貯めるのでなく回していくのがいいのではと思っている。

・50歳代女性(長野市)

所有、特に戸籍の問題に共感した。また結婚の概念がなくなる話を興味深く感じた。ひとつ、「産んだ子どもは女性が育てる」になりそうな傾向のストーリーになりそうなので、女性の問題の視点からみると、男女平等や性を表現しないような伝え方がないだろうか、と正直思った。ひとりの人間が自立した考えをもっていなければ、こうした考えは成り立たないのではないのかなと、しみじみ思った。

質問として、教育について、100年後、こういう仕組みになっているんじゃないかというお考えを聞かせて欲しい。

長嶋氏:カリキュラムもなければ先生も不在で、集まりたい子どもが集まって、そこに居たい大人がいて、散策したり、虫がいたり、花があったり、皆が話し合う。自然の中で発見していく。大人になったら、集まれる場所があって、それぞれ興味がある分野ごとにそれがあり、そういうコミュニティがあるよの情報から、自分が参加したかったらそこに行く。誰が来てもよくて、発表したい人はするし、話を聞きたい人は聞くみたいな、自由に参加でき、知識を持った人が先生になる、みたいに漠然と考えている。学校というより、集まれる場所、興味があることが学べるみたいな場があるといいなと思う。


会場は、ラボトリオツルーガ(長野市上千歳町1421 光位ビル1階 )

主催は、人とサスティナビリティ研究所
(主宰は小池広章さん。企業人としてSDGsを切口とした地域共創に取り組む傍ら、「人とサスティナビリティ研究所」の屋号でSDGsのDをLに置き換えた「SLGs」(Sustainable Lifestyle Guide s=無理のない無駄のない無視のない暮らしを提唱、発信。それらの自分ごと化に向け、ワークショップやオンラインイベントを企画運営)

主宰の小池広章さん

会場では、スパイスカレー店「spice & herb AYA CURRY」の出店と、ドリンク&ヴィーガンスイーツの販売も行われました。

お話会の前後、食事を楽しみながら交流できる時間もあり、著者と参加者も気軽に楽しんでいました。

取材・執筆:ソーシャルライター 増田 朱美