アドイシグロの名物と言えば、社屋前に高々と設置されている干支のオブジェ。長野市役所から北長野へ北上する早苗町通り沿いで、市民ならだれもが知る名看板。株式会社アドイシグロは創業90年、昔から「看板屋さん」として親しまれてきた。
ところが今、この会社に異変が起きている――――――
ことの始まりは今から10年ほど前。幼いころから家族が経営するこの会社で、職人さんたちにかわいがられて育った、石黒ちとせさんが、40才で家業を受け継ぎ社長に就任したのだ。都会で塾講師をし中国にも滞在した、という畑違いの仕事をしていた彼女。ユニークな視点と斬新な発想が「看板屋さん」に新しい風を吹き込んだ。
ミーティングルームがショールームへ変貌
「看板屋は下請けというイメージ。ものづくりの技術を使って新しい仕事を生み出していきたい」と石黒さんは語る。事務所のミーティングルームは、カフェのような空間に生まれ変わった。従来の看板の概念を大きく変えたオブジェのようなサイン。そして、壁材や床材、カウンターテーブル、鉄製の棚など、職人の技術に新しいセンスを生かしたショールームのような空間。社員が楽しみながら制作。こうした、社風はどう作られてきたのか・・・。
古いビルを壊さずにどう生かすか・・・
就任以来、石黒さんが取り組んできたのは「長野ビンテージビルプロジェクト@光ハイツ」だ。
会社の敷地内にある6階建ての共同住宅「光ハイツ」は昭和53年にできたもの。長野市は高度経済成長期に人口が増え、こうした住宅がここ周辺にもたくさん建設された。ところがいま、こうした住宅が老朽化し、空き部屋も目立ち、その役目が終わろうしていた。このままだと駐車場に?!「なんとかしなければ・・・。取り壊すにも莫大な費用がかかる」と石黒さんは悩んだ。
リノベでコミュニティができ、まちづくりにまで発展
そんな折、福岡県で古いビルを再生させた株式会社スペースRデザイン 代表取締役吉原克己さんに出会う。自身のもつ古いビルをそのままの風情を残しつつも、住む人のセンスで内装をリノベーションすることで、見事に人気の住空間へと生まれ変わらせた人物。住人がDIYでき、人が住み替わるごとにビンテージ(付加価値)がつき、家賃も上がる。話題となり予約待ちのビルも。こうした活動が福岡県の多くの若手のオーナーたちの心に火をつけた。次々と若手のビルオーナーが手を挙げ、様々な形でビルや団地のリノベーションに取り組んでいった。
福岡DIYリノベWeek を吉原さんたちが主催し、毎年多くの人たちが全国から集まってくるようになった。古い共同住宅のビルに付加価値が付き、ユニークな人材が住人となったことで、町にコミュニティができ、まちづくりにまで変化をもたらしたのだ。
市民を巻き込み古いビルをリノベーション
石黒さんは、何度も福岡に足を運び、吉原さんたちの協力で、長野で初めて「光ハイツ」改造計画を実行した。一般公募でアイデアを募集したり、若手社員や地元の芸術家などが、ユニークなアイデアで畳が朽ちた古いアパートをステキな居住空間へと次々と変貌させていった。その過程には、一般の市民を巻き込み、壁塗りをしたり、棚をつくったり、リノベーションのワークショップも幾度となく開催した。年々リノベーションがかない、今では半分以上の部屋が完成し、それまでの光ハイツの住人には珍しい若者も入居してきた。
餅つき大会が地域のコミュニティをつくる
一方で、力を入れてきたのがコミュニティづくりだ。「餅つき大会」で地域の人たちに遊びに来てもらえる場も設定。光ハイツの部屋を見て回れるぐるぐるツアーも企画。イスのペイントや、タイル小物づくりなど、親子でも楽しめるイベントに市民が集まってくる。昨年は、小学校から声がかかり、ものづくり教室で60組の親子にワークショップも行った。
長野ビンテージビルプロジェクトは、光ハイツだけに限らず、同じ悩みを持つアパートのオーナーたちの勉強会も開催してきた。吉原さんを迎えたトークショーや、向かいに建っていた県営住宅取り壊しの「おくりビル」イベントなども。
また、今注目しているのは「鉄」だ。アーティストを迎え、指導を仰ぎ職人が技術を習得。日本の文化と鉄との関係を紐解き、ヨーロッパの店先に下がるような、おしゃれな鉄のサイン文化が生まれればと目論んでいる。木と鉄を組み合わせたイスやオブジェもなかなかのあじわい。餅つき大会では、一般市民が鉄をたたいてアクセサリーやお皿を作るワークショップも行った。
市場をつくるのではなく、まず文化を作っていくこと
「若手の社員を育てるには、企業の社会性が大事」と石黒さんは話す。長野県中小企業家同友会で学び仲間を増やし、ものづくりの企業が集まるB-cipというグループでは、新しいアイデアで事業開発を進めている。またNPOと一緒にソーシャルビジネス勉強会「エイリアンミーツ」も重ねてきた。今まで企業があまり考えてこなかった「社会性」に注目し、お金では測れない、社会のために技術を生かし、自己有用感を社員が感じられる経営を追及している。
(文責:寺澤順子)
アドイシグロ 〒380-0811 長野県長野市東鶴賀町30 Tel.026-233-2105 Fax.026-232-1066