令和元年東日本台風(台風19号)の経験を振り返る「災害時の連携を考える長野フォーラム」が、2021年1月29日に開かれた。長野市内からオンラインで配信し、全国で約300人が視聴した。主催は、長野県災害時支援ネットワーク(以下、通称の「Nネット」と表記)、事務局を特定非営利活動法人長野県NPOセンターが務めている。
Nネットは、災害時に行政・社会福祉協議会・NPO等の三者連携をスムーズにすすめるための役割を果たし、被災者支援・被災地支援の活動を支援することを目的に、平時の学習や交流も含めた活動を行っている。「災害時の連携を考える長野フォーラム」は、18年1月29日の第1回、19年3月21日の第2回に続く3回目で、台風19号被災後は初めて。復旧・復興に向けた各団体による支援活動とNネットとの関わりを振り返るために企画した。
前半は「災害支援ネットワークとの連携の視点で活動を振り返る報告」を、後半は「災害の最前線での連携や全体を俯瞰しての報告」を、それぞれ5名ずつがリレートークした。全体を通して共有したのは、「あって良かったNネット」との思い。ネットワークの必要性と協働の力、平時からの顔の見える関係づくりの大切さを考える機会になった。印象的だった5つの言葉を紹介し、その背景を考えてみる。
1.「困った時に『あの人』の顔が浮かんだ」
当てがなければ途方に暮れるだけ。ネット検索で答えを探せるだろうか。時間ばかりが過ぎ、プレッシャーはより重く、ストレスがどんどん溜まっていくのに問題は解決しない…。そんな思いをすることなく、「あって良かった」と実感したNネット。「顔を知っている」、「話したことがある」人がいただけで、ありがたい。互いの立場や組織のことなども理解しあい、「何ができるのか」を知っていれば、なお心強い。
2.「本当に困った時には『助けて』と言えないもの」
緊急時の対応は、誰もが精いっぱい。助けてもらいたいのだけれど、相手の状況を思えば思うほど、声を出すことができなくなってしまう。誰かを当てにしたい身勝手さや、自分だけ弱音を吐くような後ろめたさもあるだろうか…。言葉にならない思いを察することができたのも、Nネットの関係があったからこそ。「何かあったか」、「大丈夫か」と声を掛け合う関係に救われる時がある。思わずあふれ出た「つぶやき」を拾ってくれる人がいる。
3.「必ずどこかで必要とされる場面がある」
はじめは、なんとも場違いなアウェー感に包まれて孤立している感覚。それでも次に参加した時は、「顔を知っている」人ができる。会を重ねるうち、名前を知り、何をしているかを知り、何ができるのかを知っていく。徐々にでいい。はじめから「自分が役に立つだろうか」と考えて、役割や出番を思い悩む必要もない。いつか必ずどこかで必要とされる場面がある。
4.「関係があるかないかではなく、関係はつくるもの」
「うちの組織に災害支援が関係あるのか?」と問われた時、「関係はつくるもの」との答えに感服した。どんな組織や立場でも、できることはある。関係のあるなしを考えるより、できることを探す意気込みが、本当にありがたい。特別な役割や能力ではなく、人の手数を求めたい時もある。今まで関係がなかったとしても、手を貸すことならできる。力仕事は無理でも、調整役ならできる。それが知った人からの頼みなら、なおさら断る理由はない。関係ができれば、必要とされる出番は必ずやってくる。
5.「平時にしていないことは有事にはできない」
災害時の緊急場面で「できない」は通じ難い。「想定外」と言うだけで終わるはずもない。「やるべきこと」と「やらなければならないこと」が次々と出現する。訓練したはずのマニュアル通りにいかないことも多い。組織の仕組みや形式、上下関係や書類にこだわっていたのでは、事は進まない。場面と状況に応じた臨機応変や柔軟さが求められる。有事を想像する力も、蓄積した情報の中にヒントがある。数々の事案を乗り越えた経験値が活きてくる。平時にどれだけ想定し実践できるかが、有事を乗り越える力になる。
Nネットの集まりには、会議招集の依頼文や旅費の支給はなく、事務的な手続きが一切ない。当日の出欠席は自由で、遅刻もOK。堅苦しさがない緩い集まりが「あって良かった」と言われた。集まりでは、何を言ってもよく、全員が積極的に発言する。気の利いた人が持参した「おやつ」を振る舞い、お茶を片手に笑顔で話が弾む。そんな緩いつながりで「次は、あの人も誘って」と仲間を増やし、会を重ねるうちに、お互いのことがわかってくる。どんな思いでいるか、何ができるのか、顔のわかる関係ができていった。
もし、これが行政主導だったら、魂が入らない形式的な会議になったかも知れない。手続きの煩わしさと堅苦しさだけを印象に残し、手元には読み返す気のしない資料だけが積み重なっていくようなイメージが浮かんでくる。リレートークの中に、「行政の役割はエンジンオイルのようなもの」といった言葉もあった。言い得て妙である。
エンジン役を果たしたNネットは、被災の翌日(2019年10月14日)夕方に「第1回情報共有会議」を開いた。同会議は、年明け2月29日までに計23回を 開き、のべ258団体、1,230人が参加した。 日々、現場の支援ニーズが変化していく中、「ボランティアセンターの運営スタッフは不足していないか」、「避難所での炊き出しや足湯といった支援希望を誰がつなぐのか」、「支援のシーズと現場のニーズを調整するスタッフがいない」、「地域農家が園地の被害に落胆している」など、さまざまな情報が集まってくる。現場から生の声は、新聞やテレビで知るニュースとはニュアンスが違う。支援をしようとする側の内容と体制、思いと熱意も集まってくる。これまでに災害支援の経験があった全国各地の団体からは、知識と技術、アイディアを教えてもらうことができた。さまざまな情報が交錯する中で、必要な支援を円滑に効率よく行き届かせるのも、Nネットの重要な役割だった。
分からないこと、迷ったこと、困ったこと、いざという時に、思い浮かんだ人がいたのは、Nネットや情報共有会議に参加していたおかげ。緩やかにつながっていた関係が役に立った。「あの人に聞いてみよう」、「あの人なら知っているかも」、「あの人なら助けになる」、あてになりそうな顔がサッと思い浮かんだ。小さくつぶやいた「困ったなぁ」を拾ってくれる人がいた。口に出して言わなくても察してくれた人、「大丈夫か」と声を掛けてくれる人がいた。本当に助かった。
環境がどんどん変化していく中で、それに適応できる力を「レジリエンス」と、紹介した方がいた。見事に「レジリエンスな連携」を果たしたのがNネットだろう。
しかしながら、課題は残されている。いつ、どこで起きるかわからない災害への備えとしては、県域のNネットだけでは不十分であり、市町村域での災害支援ネットワークが必要になる。特に、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から外部との接触が制限されることを考えると、地域内での連携と協働を考えておかなければならない。
また、支援をする側の連携も課題だ。現場で求められるニーズは、炊き出しなどの食の支援をはじめ、重機を使った作業支援、子どもや子育て、高齢者、障がい者、外国人への支援など、さまざまだ。同じ内容で支援できる団体同士が日頃からつながっていれば、協力も調整も円滑になる。これを「信州版災害時クラスターアプローチ」とする提起もあった。
まだ先の長い復興への道のりを進むために、いつ起こるかわからない災害に備え、「あって良かった」と言えるネットワークは必要だ。形式にこだわらなくてもいい。緩やかなつながりが、いざという時の頼りになることをNネットが教えてくれた。
文責:ソーシャルライター 吉田 百助