障がいのある人の“表現”を支援する「NPO法人ながのアートミーティング」
インクルーシブ(包摂)とは、「すべてを包み込む」という意味です。さまざまな背景を持つあらゆる人が排除されない社会、つまり、障がいの有無や国籍、年齢、性別などに関係なく、違いを認め合い、共生していくことを目指す社会が「インクルーシブ社会」です。
長野県内の福祉施設を対象に、ワークショップなどのアート活動に関係する事業を行い、障がいのある人に自己表現の場を提供している「NPO法人ながのアートミーティング」は、インクルーシブ社会の実現に向けてフロンティア的な活動を行っています。
新たな活動が信州アーツカウンシルに評価される
ながのアートミーティングは、障がいのある人のアート体験のサポーターとして、2011年に活動を開始しました。依頼を受けると福祉施設などの現場に出向いて「出前ワークショップ」を行っています。今回、新たに開始した「ワークショップを行う場」を設けての活動「こもろのおうち活用事業」が、2022年にはじまった「信州アーツカウンシル※」から評価され、令和4年度の活動推進支援を受けました。
※運営主体は(一財)長野県文化振興事業団アーツカウンシル推進室。次の2つの観点を重視した文化芸術の環境づくりを進めている。①表現者や企画運営者など文化芸術の担い手を支援する。②県や大学、民間支援団体などと連携し、長野県の多様な地域文化を支援する。
2023年6月10日、信州アーツカウンシル助成事業で採択された団体の交流会が開かれ、同法人代表の関孝之さんと、スタッフで「こもろのおうち活用事業」責任者の大谷典子さんが参加。会場のホクト文化ホールを訪ね、これまでの活動や評価の対象となった新たな事業について話を聞きました。
おおたに のりこ:ギャラリーコーディネーター。元麻布ギャラリー佐久平ギャラリスト。「こもろのおうち活用事業」の責任者。
(筆者が)2人から活動の現状や採択された評価のポイントを聞くうちに、「現場を知りたい」という思いが湧き上がってきました。
そこで6月15日に関孝之さんが開く須坂市の「アートカフェCoCo」でのワークショップを訪ね、続いて25日にアーツカウンシルからの助成対象となった「こもろのおうち」で開く、ワークショップ「こどもアトリエ・capila capila(かぴら・かぴら)」を訪ねました。
生活介護・フリースペース「アートカフェCoCo(ここ)」を訪ねる
外からは想像できなかったカラフルな施設内
須坂市塩川の田園の中に立つ「アートカフェCoCo」は、介護支援が必要な比較的障がいの重い人が通う施設で、20人が利用しています。コンクリート造の建物の外見はグレー一色ですが、中に入ると廊下も壁もカラフルに彩られ、今にも飛び跳ねだしそうな楽しい作品で埋め尽くされていました。
「見守り」「提案する」ワークショップ
CoCoでのワークショップは通所者を対象に、毎週木曜日に開かれます。
ここでは時間がゆるやかに流れているように感じました。どうしてそう感じるのだろう?
そうか、ワークに参加している人誰もが「やりたいことを自由にやっている」からなのか。
作業中、急にどこかへ行ってしまったり、どこからか現れて、また作業を始めたり、カーテンの向こうで寝そべっている人もいたりと、まったく”枠”を感じません。
関さんは「やろうよ」とか「こうしよう」などとは一切言いません。
その人が椅子に座り、机に向かい、描くこと、作ることを始めるまで見守っています。
「どのような指導をされるのですか?」と質問すると、関さんは「私は指導者ではありません。伴走者です」ときっぱり。
「障がいのある人は内面にある思いをなかなか言語化できません。描いたり、作ったりする非言語の表現はそれ自体が自己表現であり、コミュニケーションなのです。ワークはその人の胸の内にあるドキドキやモヤモヤ、ドロドロを“見える化”する作業でもあります。私は、作業をする時、戸惑っている人にどんな材料で、どんな方法で、どうやって進めていけばいいかを、ちょっとだけ提案します。その人のその人らしい表現を引き出すための提案です」と、ワークショップでの自分の役割を話してくれました。
文字の一画を線として描く「墨遊び」
笑顔が印象的な宮本尚幸(みやもと なおゆき)さんは、先を削った割り箸のペンで文字を書きます。「書く」というより「文字を写し」ます。つまり、文字を“運筆”するのではなく、文字の一画一画を“線として描く”のです。関さんは「墨遊び」と呼び、その人らしさが表れる行為だと言います。
関さんは、書道用半紙を宮本さんの前に用意すると、彼の横の椅子に座り、「どんな言葉がいいかな?」と話しかけます。
宮本さんは黙っています。
「昼ごはんは食べたの?」と、また話しかけます。
宮本さんは首を横に振ります。
「そうか、じゃあ、おなか空いてるね。こんなのどう?」と、関さんは小さなホワイトボードに「はらへった めしはまだか」と書き、半紙の向こう側に立てかけました。
宮本さんは割り箸のペンをインク壺に浸け、取り出すと、ためらうことなく半紙に線を引き始めました。
紙面のどのあたりにペンを置き、どのくらいの大きさがいいのかなどお構いなし。
淡々と一画一画描いていきます。
なんて無頓着な…。
ところが写し終えたその作品を見て驚きました。半紙には脱力感のあるのびのびとした文字が、絶妙なバランスで配置されているのです。
描き終えると関さんは「おそうか」と、宮本さんに落款印を手渡しました。飄逸な雰囲気を醸す文字の下に、宮本さんは朱色の「尚」の落款を押しました。
カラフルで緻密。主体性のある表現
微細でカラフルな筆致の絵を描く大島祐樹(おおしま ゆうき)さんは、人の出入りがない2階奥の一室で制作に打ち込んでいました。
机一つ分のブースが、ここでの彼のアトリエです。関さんは「大島さんには集中できる空間づくりを心掛けています」と話します。
過去の記憶が詰まっている写真が絵の原画です。
写真を見て、その時間を思い出しながら描いていく彼の絵はまるでデジタル画面のようです。
まず、描く絵の画面を小さなブロックで区切る。このブロックがピクセルを思い起こさせます。
次に150色ある色鉛筆から選んだ色を各ブロックの中に塗り込んでいく。微妙な色の使い分けや描写力に圧倒されました。
大島さんが早くから独自の表現方法を持てたのは、「両親の育て方の影響が大きい」と関さんは話します。「どんなことに関心を向けるのか、幼児の頃から気を付けて見ていると、アニメーションにとても興味を示した」といいます。
そこで両親は、たくさんの良質なアニメーションを彼の日常に取り入れました。親の価値観を押し付けるのではなく、彼を見守り、彼が何を欲しているかを知り、その場を用意することに努めてきたことで、「主体性のある表現行為が培われてきた」と、関さんは話します。
「表現行為は、障害がある人に充実感と安定性をもたらし、親や支援者にコントロールされがちな主体性を取り戻すことができる」と、関さんは話します。
自己肯定感が持てたことは、その人の行動や関さんに見せる笑顔で分かるとか。あくまでも彼らと同じ地平を行く伴走者でした。
「こもろのおうち」で開く、こどもアトリエ・capila capila(かぴら・かぴら)を訪ねる
拠点を持ってアート活動する初のNPO
地域の文化芸術活動を応援する、信州アーツカウンシルの助成を受けて始まった「こもろのおうち活用事業」の概要は、次のようになっています。
県内で活動する作家が講師となりアート&クラフトのワークショップを毎月開催。空き家を活用し、生きづらさを感じる子どもや大人が、表現や情報を交換する場として定着を図るとともに、創った作品の展覧会を行う。
活動の拠点を持ってアート活動をするNPO法人は、長野県では初めてということです。
ふたりの思いが一致したアートワークの拠点
「こもろのおうち」は、国道141号線の四ツ谷の信号を西に進んだ住宅地区の中にあります。もともとは、ながのアートミーティングの女性スタッフの実家です。
2年ほど前から空き家になっていた家を、彼女は当初リフォームして住居用の賃貸にする予定でした。
しかし、障がいのある人のアート活動を長年支援してきたことで、気持ちの奥底には「モノづくりをする人に使ってもらいたい」という思いがありました。そんな時に、画家の森泉智哉さんと出会いました。
福祉施設や小学校の特別支援学級などでワークショップを開き、障害のある人の表現活動を支援している森泉さんは、以前から学校とか施設とかではなく、「生きづらさを感じている子どもや大人が気軽に立ち寄れ、集まり、そこでワークショップがやれる場が欲しい」と考えていました。
2人が出会い、思いが一致したことで、ながのアートミーティングの活動の一つとして「こもろのおうち事業」が発足。今年(2023年)4月からワークショップ「こどもアトリエ・capila capila(かぴら・かぴら)」がスタートしました。
森泉さんは、こどもアトリエ・capila capilaは「手軽に楽しめるオープンアトリエであり、深く学ぶクリエイトアトリエであり、さまざまな出会いのためのスペースでもあります」と説明します。
そして「障がいのあるなしや年齢や性別にかかわらず、自分の居場所がないと感じている人、さまざまなつらさ、痛み、苦しみ、孤独を抱えている人たち、いつもはそういった人たちの支援をしている人や家族など、どんな人でもウェルカムです」と呼びかけます。
子どもにもわかってもらえるようにと、自作のイラスト漫画で趣旨を紹介しています。
講師は「出会ってもらいたい変な大人たち」
ワークショップは今回で3回目。
講師は森泉さんと、1回目はデザイナーのエムラヤスコさん、2回目は彫刻家の石川奈緒美さん、そして今回は版画家の田嶋健(たじま けん)さんです。
森泉さんはじめ、講師3人はいずれも国内外で展覧会や個展を開き、賞を多数受賞するプロのアーティストです。なぜ“アートの専門家”を講師として迎えたのか、ギャラリーコーディネーターの大谷さんに聞きました。
大谷 アートギャラリーの運営という仕事柄、森泉さんもそうですが、画家や彫刻家、デザイナーといったプロのアーティストさんと知り合いになります。お付き合いする中で、一般の人とは違った考え方やアイデアに驚くことがたくさんあります。子どもたちには子どもの時にこそ、そういう大人に出会ってもらいたいんです。うまくコミュニケーションが取れなかったり、学校に行けなかったりする子が、ここで一緒にアートワークをしていく中で、自分は他の人とはちょっと違った個性があるが、大人にもこんな変な人がいる、変な人ってストレンジな人でなく、インタレスティングな人なんですよ。そういう自分の周りにいる大人とはちょっと違った大人と出会うことで、その子の世界が広がっていってくれればいいなと思ってお手伝いしています。
「超絶句技法⁉ みんなですろう 足ふみ版画」ってどうやるの?
午前と午後1回ずつ開かれたワークショップには、親子17人が参加しました。
講師の田嶋さんが手順を説明して、作業が始まります。
手順は、
1.田嶋さんが彫った版画板に、ローラーでインクを載せる。
2.印に合わせて紙を版画板に載せる。
3.その上に乗って、押さえながら足を左右に滑らせ、色を紙に移す。足裏がバレンの代わり。
4.刷り上がった版画に色を足していく。
5.出来上がった作品は乾くまで展示。
五感体験を共有したワークショップ
作業を終えて田嶋さんは、「今回は身体を使うという要素が強い、創作というより作業が中心のワークショップでした。五感を感じてもらえる新鮮なワークショップになったと思います」と、1時間半ほどのワークショップを振り返りました。
ワークショップの参加者は、専業農家の一家や、病気があり日常生活に制限が掛かってしまうという子どもと母親、不登校児2人を連れた父親など、さまざまでした。
それぞれ背景が違うにもかかわらず、自然に連帯感が生まれたように感じたのは、視覚と聴覚だけでなく、インクの匂いに嗅覚が反応し、摺るときの足裏に感じる彫り跡のごつごつ感が触覚を呼び起こすという、言葉に頼らない五感による体験を共有したことで、無意識にコミュニケーションを取りあっていたからなのかもしれません。
終始賑やかだったのは、ここは誰に気兼ねすることなく過ごせる場所であることを表しているように思いました。
2つのワークショップを振り返って
アートカフェCoCoの2階は、通所者の作品が展示されたアートギャラリーになっています。
鑑賞していくと、思わず「すごい」という言葉が出てしまいました。
これは「凡々と暮らしている私自身を感動させてくれてすごい」なのです。
アートに障がいの有る無しは関係ない。
観る人に感動や賞賛、驚きを呼び起こすのがアートであり、それがアートの本質なのではないだろうか。ならば、”情報“に振り回されず、心をバリアフリーにして鑑賞することで、自ずと人と人との隔たりはなくなっていくのではないだろうか。取材後、こんな思いを持ちながら帰路につきました。
さまざまな理由から生きづらさを感じている大人や子どもたちを、私たちは無意識に疎外してしまいがちです。
しかし、2つのワークショップから見えたことは、アートが介在することで、みんなの心がバリアフリーになる。
アートをコミュニケーションツールとする「NPO法人ながのアートミーティング」の活動は、多種多様な価値観や考え方を認め合える社会を示唆し、私たち一人ひとりに多様性の意義や価値を伝える役割を担っていると思います。
NPO法人ながのアートミーティング
〒386-2201 上田市真田町長2464-1
こもろのおうち「こどもアトリエ・capila capila」
〒384-0055 小諸市柏木7-11
お問い合わせはながのアートミーティング事務局
<取材・執筆> ソーシャルライター 佐藤定子