「災害記録」を発刊した長沼歴史研究会の会長 笹井妙音さん

2019年(令和元年)の台風19号による千曲川堤防決壊で被災した長野市長沼地区。そこで暮らし、地域を見つめ、地域をよくするための活動を精力的に行なっている笹井妙音(たえね)さん(71才)。

長沼の災害記録「千曲川堤防 決壊」を手にした笹井さん

物静かながら、内面から湧き出てくる力によって、周囲の人々をけん引している。2008年に設立した「長沼歴史研究会」の会長であり、曹洞宗妙笑寺住職の配偶者である。被災後は、ボランティア団体「長沼復幸会」を仲間とともに立ち上げ、お寺の駐車場を利用して被災住民が交流するイベントを行う活動をしてきた。長沼住民自治協議会の復興対策企画委員会やまちづくり委員会の委員も務めている。

妙笑寺は千曲川の決壊場所から、150メートルしか離れていない。笹井さんはあの日、越水して境内が浸水していく様を目の当たりにしていても、まさか堤防が決壊するとは思わなかった。10月13日深夜1時ころから越水が始まり、早朝3時半ころには水が引いたので胸をなでおろしていた。だが4時少し前になって堤防がついに切れ、濁流が押し寄せて来た。子ども・孫も含め家族6人は2階へ避難していたが危険を感じてさらに屋根の上へ。建物はバリバリとひっきりなしに音を立て、まだ暗かったものの水が波打って押し寄せてくるのがわかる。知り合いから安否を尋ねる電話が入る。「助けに行くから…」という言葉が心強い。7時過ぎに、ヘリによって全員無事に救出された。寺の建物は全壊。お墓150基がなぎ倒されていた。

長沼の文化的歴史、災害の記録を、後世へ遺す

なぜ堤防が切れたのか。歴史研究会は「まぼろしの長沼城」の調査をし、成果を本にまとめている。その調査の過程で、何度も千曲川の川欠け(決壊)があったことを笹井さんは熟知していた。同じ場所でまたも切れた。原因は何かを突き詰めたい気持ちがふつふつと湧いた。研究会は独自の調査をし、国交省や学者・研究者の話にも耳を傾けた。検討・考察を繰り返し、このほど災害記録『千曲川堤防 決壊』を発刊した。そこに、住民の目線で考察した「原因」と「防災対策の提案」を記している。笹井さんは、責任者として毎日未明まで編集作業に追われていたと周囲の人たちは語っている。

2021年の被災2周年イベント「追悼・復興・感謝のつどい」では、復興に向けて変わりゆく地域を目に焼き付けてもらうため、笹井さんはウォークラリーを企画し、運営を担って先頭に立ち動いた。地域の様子を遺すため、研究会として8枚組の絵葉書を作った。つどいに参加した住民に絵葉書を贈った。いま長沼城の埋蔵文化財調査が進行中だが、出土品の写真を載せたクリアファイルも研究会として作った。多くの人に長沼城への関心を持ってもらうためだ。これらはすべて、笹井さんの発案で実施に移している。

長沼の歴史を講義する笹井さん
「2周年のつどい」で実施したウォークラリー

幼い頃から親のいない子どもたちと共に成長
長沼地区で、まちづくりの「種まき」を

これほどまでに精力的な動きができるエネルギーはどこから出てくるのか。笹井さんの実家は、長野市篠ノ井の円福寺である。終戦後、戦災孤児を育てる活動をご両親が行なっている。円福寺は、いまも児童養護施設愛育園や幼保連携型認定こども園円福幼稚園を運営している。困難を抱える子どもたちを育てるご両親の後ろ姿を見ながら成長し、「人は人に支えられて生きている」ことを強く感じながら大人になった。

戦後の食べ物もない、金もない状態を克服するため、父親は出版による資金作りを模索した。父親を支える母親はさらに苦労していたと、幼い笹井さんの目には映っていた。そうした両親の生き様が胸に深く刻まれているようだ。面倒をみてくれる親がいない子どもたちと一緒に暮らし、共に育てられてきたのである。

笹井さんの名「妙音(たえね)」は本名である。言葉の意味は〈みょうおん〉と読み「美しい音声・音楽」のことだが、宗教的には宇宙が始まる前の真空(ビッグバン)から出て来る「揺らぎ」とも呼べるエネルギーの状態であり、如来(にょらい)のひらめきのこと。まさにピッタリである。

住民自治協議会のまちづくり委員会は6月、「小布施はなぜ、まちづくりに成功したのか」をテーマに講演会を開催した。小布施町はいまでこそ全国的にも有名になったが一気に成功したわけでなく、一つ一つの「種まき」があり、それが育って大きな広がりになって今日に至っていることを、講師の小西勝さんは語った。そして長沼の「まちづくり」のヒントとして、いろいろな「種まき」をすることを呼びかけた。

長沼のまちづくりを考える講演会(2022年6月)
講師の小西さんは「種をまこう」と呼びかけた

笹井さんのこれまでの取り組みをみると、まさに小西さんが呼びかける「種まき」になっている。困難を乗り越えながら、周囲の人たちと力を合わせ、長沼を住みよい魅力ある地域にしようと笹井さんは一途に生きている。その輝く姿が人々を引きつけることになり、芽を出し、生長し、一つひとつの実をつけているのではないだろうか。

■プロフィール/ささいたえね 長野市津野850 曹洞宗妙笑寺 住職を支えながら、寺の裏でりんご栽培に精を出す。
■団体情報/長沼歴史研究会
 電話 080-1303-8463 fax 026-266-0868

取材・執筆 太田秋夫(ナガクルソーシャルライター)