石巻市のNPO法人移動支援Reraに学ぶ―SBシンポジウムで

いつも以上に着飾ってワクワクと楽しみにしている人。バーゲンコーナーを見つけ思わず車いすから立ち上がる人。ただ用を足すだけではない「お出かけ」の楽しみがあれば、暮らしに張りが出る。人は前向きになれる。「移動手段がある」と思うだけで安心できる。

株式会社日本政策金融公庫とソーシャルビジネスサポートながのが主催した「2020年ソーシャルビジネスシンポジウム」2020年2月25日、県立長野図書館3階 信州・学び創造ラボ

普段の孤独

いつもの一人暮らしは、めったに買い物にも出かけない。理由はさまざまだ。もともと運転免許を持っていなかった人。運転が心配になって免許を返納した人。水害で自家用車を失った。体が不自由になってきた。最寄りのバス停まで歩くのが面倒。タクシーを呼んでまで出かけたくない。子どもに送ってもらうことができなくなった。近くに知り合いがいない。人に頼むこともできない、頼みにくい…。大勢が集まる避難所と違って、在宅避難者には情報も支援も届きにくくなる。災害で家を失い抽選で仮設住宅へ入ったが、周りは誰とも分からない人ばかり。仮設住宅が狭いため家族がバラバラに離れて入居するしかなかった。家に閉じこもり、人と話すことも少なくなっていく。

普段は見えにくい地域の課題

災害は、地域にあった元々の課題を浮き彫りにする。被災当時は非常事態に慌て、時間の経過とともに落ち着きを取り戻すほど、できないことや不都合に気づく。脆かったところや、弱かったところが見えてくる。独居、孤独、老々介護、障がい。それまでもあったけれど見えにくかった地域の実態が分かってくる。課題が分かれば、新しい社会の仕組みを生み出すことができる。地域の課題は、その地域に暮らす全ての人々が当事者。いつか誰もが直面する課題になる。移動支援もそのひとつだ。

明るい救い

「月に1回でも、お出かけしよう」、そんな誘いが心を救う。誰にも言えずに我慢していたお墓参り。田舎の山にもようやく行くことができた。移動支援を利用する人たちが集まってのカラオケ大会やDVD鑑賞など、イベントも楽しみになった。「収穫した野菜でバーベキューしよう」と、みんなで育てる農園作業も楽しい。

移動手段が無かった。外へ出るきっかけが無かった。人に会おうという気持ちが無かった。無かったものばかりの毎日に、明るい救いができた。

非営利活動法人 移動支援Rera 村島 弘子代表

救いの風を届けるNPO

非営利活動法人 移動支援Rera(以下、「Rera」)。2011年4月から、東日本大震災による津波の被害が特に甚大だった宮城県石巻市を中心に、自身での移動が困難な人を病院などへ送り届ける送迎ボランティアをはじめた。自らも被災した住民が中心的スタッフとなり、8年半の間に送迎した人数は、のべ16万人を超え、石巻市の総人口14万人を上回った。

震災当初は、津波によって住民のほとんどが車を流され、移動手段を失った。老若男女さまざまな住民が移動支援を利用した。復旧に伴って少しずつニーズが変わり、現在は障がい者や高齢者、生活困窮者、社会から孤立している人など生きづらさを抱えた住民が主な利用者になり、その7割強が70歳以上だと言う。

Reraが支援してきた移動距離を地球の円周で測ると、なんと42周分にもなった。「地球って小っちゃい」、そんな感想が聞かれた。Reraはアイヌ語で「風」を意味する。Reraが届ける風は、東日本大震災で車や移動手段を失った人々を救い、生きづらさを抱えた住民に今も向けられている。

すき間を埋める「のりしろ」―長野県でも参考に

台風19号で被災した長野県にも移動困難者がたくさんいる。仮設住宅へ入ったものの、それまで通っていた病院へ通いにくくなった人は、終わりそうな薬を心配している。はじめての土地で、近くのバス路線がわからない。地域の様子がわからない。近所に頼める人がいない。買い物や病院など、どこへ行ったら便利なのか。誰に聞いたらいいのか、近くにどんな人が住んでいるのかもわからない…。いざという時、どうしたらいいかわからない不安。どこにも頼れず、どこの輪にも入れず、まるで「すき間」に落ちたような疎外感。地域の手や制度などを少しずつ広げあえば、すき間をカバーすることができる。それぞれの得意分野を広げつないで、それまでどこにも入れなかった人を互いにカバーし合う、重なり合った「のりしろ」のような仕組み。Reraの8年半に及ぶ移動支援は、そんな「のりしろ」の可能性を教えてくれた。

行政と交通事業者、NPO,地域住民がそれぞれの得意分野を広げあうイメージ図

移動支援のための工夫

移動に困っている人がいるようだと気づいて何とかしようと思った時、まず考えるのは「本当に必要なものは何か」。なぜ困っているか、その理由はいくつかある。「行政がやってくれない」と言っているだけでは、なにも解決しない。誰かが特別がんばっているだけでは長続きしない。自治体によっては、自宅前から乗れるデマンド交通(乗り合いタクシー)が運行している。通学する子どもたちと一緒にスクールバスに混乗できるところもある。通院バスや買い物バスといった新しい交通の機会もできている。市町村やバス・タクシー事業者などとの協議で解決策が生まれることもある。全国各地には、新しい工夫の事例が出はじめている。

災害後、落ち着きを取り戻した頃、「自分も何かをしたい」と、ボランティアに参加する人がいる。ずっと関心を持っていたが、どうしていいか分からなかった人がいる。地域には何かをしたい人がいる。Reraは、地域で「送迎講習会」を開き、移動支援の輪を広げた。行政や交通事業者、住民を交えた「移動支援連絡会議」や「持続可能な暮らしの足を考えるフォーラム」を開いた。公共交通の利用を促進しようと、住民参加のミステリーツアーを催した。

移動支援をはじめる前に知っておくべきこと

バスや列車、タクシーなど公共的な交通手段である「公助」と、自家用車や家族による送迎「自助」の間に位置する移動支援は、「共助」や「互助」と呼ばれる。自分たちで助け合って送迎したい。そう思った時に、知っておく制度や法律がある。有償の送迎は、法人格の取得や道路交通法に基づく国への登録などが必要になる。利用者の範囲も制限される。市町村とバスやタクシー事業者などとの協議も必要だ。無償の送迎は自由度が高く、特別な資格や登録は必要ないが、活動資金の確保が難しく安定した活動も難しい。完全な無償にするか、任意の謝礼やガソリン代など実費程度の受け取りしか認められていない。

はじめることは勢いでできる。しかし、継続するのは難しい。移動に困っている人を助けたい。地域にある交通弱者問題を解決したい。そんな時には、Reraが作成した「移動支援ハンドブック<災害編>と<資料編>」が役立つ。経験と実績に基づいたノウハウと知識が込められている。

公共交通を使ってみよう

普段から公共交通を利用することも大切だ。ドアからドアへ楽で便利なマイカーしか使っていないと、公共交通を利用しようという選択肢すら持っていないことが多い。思う所へ行かないから。本数が少ないから。運賃が高いから。不便だから。そして、乗ったことがないから。マイカー族がいくら話し合っても使わない理由が出るばかり。使ったことがないから、実際のところはまったく知らない。まず、自分たちで使ってみること。公共交通の利用は、地域を知ること。そして、もしもの備えにもなる。

本当に必要なものは

Reraが集めた住民の声では、「心身の健康に役立った:とても改善」が91%、「寂しさや不安が軽減した:とても改善」85%、「これからの生活に前向きになった:とても改善と改善」86%と、「Reraがあると思うと安心できる」といった心の平穏や前向きな暮らしに効果があることが分かっている。

お迎えがあるとうれしい。気持ちが高まる。買い物は楽しい。いつか行きたい場所もできた。気心が知れ、信頼関係の生まれた車内は特別の空間。移動中の会話で、誰にも言えなかったことが話せて、すっきりした。

何が起こるか、何に出会えるか、ワクワクする「お出かけ」が持つ力は、人を元気に前向きにする。生きる楽しみになる。移動が暮らしの「結び目」になる。

移動支援のきっかけは、災害で失った自動車だったかも知れない。高齢化で増えた移動困難者だったかも知れない。でも本当に欲しいのは、移動手段よりも人とのつながりと生きる楽しみだと教えられた気がする。

(文責:吉田 百助)

ナガクルは国連が提唱する
「持続可能な開発目標」SDGs(エスディージーズ)に賛同しています。
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