長野県で移住相談1.8万件に。交流会で取り持つ移住者と地元住民のコミュニティが信濃町で

長野県への移住に関心のある人が過去最多に

総務省の調査結果によれば、長野県と県内市町村が2022年度に受け付けた移住相談件数は、1万8,184件(前年度1万7,443件)。調査を開始した2015年度以降最多であり、市町村分を含めた都道府県別では8年連続のトップに。全国においても過去最多の37万332件の相談数となりました。

増加の要因を総務省は次のように分析しています。

  • コロナ禍を契機とした、全国的な地方移住への関心の高まり。
  • 行動制限の緩和などにより、イベントなどの対面実施や、オンラインとリアルを組み合わせたハイブリット方式でのイベント等の開催。
  • テレワークの普及等により、「転職なき移住」への関心の高まり。

地方移住への関心が高まった背景には、コロナ禍を機に多様な働き方、暮らし方が浸透したことでライフワークバランス(仕事と生活の調和)が大きな変化をしたことが主因。

移住者と地元住民をつなぐ架け橋に

長野県上水内郡信濃町を拠点とする「NPO法人ざいごう(以下・ざいごう)」は、信濃町の魅力を発信しながら、信濃町及び近郊の空き家をリノベーションし、移住者の「住むところ」の支援を大きな柱に活動しています。

2024年8月3日、ざいごうは「信濃町ふるさと移住体験施設」とその広場を会場に、移住者や移住を検討している人、さらに地元住民を交えた「しなのまち移住者交流会」を開催しました。

生活用品も設備されている「ふるさと移住体験施設」

交流会は移住者同士のつながりを深めるだけでなく、移住後の生活中で困ったことや悩みなどを出し合う場に。そして地元住民や町役場からの参加もあり、移住者のリアルな声を共有し、問題があれば解決に向けた対策を考えるきっかけの場にもなっています。

スタッフも含め参加者は50人余。爽やかな風が吹き抜ける広場に張られたテントの下では、いくつもの歓談の場ができていました。

小さな子どもを連れた家族も目立ち、流しそうめんやスイカ割りのイベントを楽しむことで、会場は一体感に包まれました。

参加者にインタビュー

信濃町の魅力は? 移住のきっかけは? 移住後の生活は?

■渡辺さん夫妻 妻はざいごうの副理事長。

―15年ほど前から年間を通して別荘がある信濃町と東京を2拠点に暮らしています。信濃町の魅力は「四季がはっきりしている」「気候が落ち着いている」「移住者、地域住民の区別なく横のつながりがある」「町と住民のコミュニケーションがとれている」ところですね。(妻)

■Kさん夫妻  信濃町は2度目の移住先 

―私は大阪、妻は鎌倉出身です。長年仕事場のある東京で暮らし、その後静岡県の三島に移住しました。しばらくして私が趣味のクロスカントリーにはまり信濃町に通い出しました。それならば一層のこと信濃町で暮らそうということになって移住しました。12年になります。信濃町の魅力は「自然との一体感」「冬、大地を覆う雪がすべてをリセットしてくれる感動」「自分が作る旬の野菜で季節が実感できること」ですね。(夫)

■Yさん 獣医師免許を持つ。

―千葉県柏市出身です。信濃町に別荘を持って20年。移住して9年ほどになります。高校時代から野尻湖でキャンプをしているので信濃町とは50年前から縁があります。ここでは鳥獣被害対策のために野生動物の生態調査を請け負っています。クマの出没情報など危険回避のための情報を各方面に発信しています。

■Uさん家族 夫はヒップホップの楽曲製作者

―大阪出身です。埼玉県に暮らし4年前に信濃町に移住しました。きっかけは新型コロナウイルスです。コロナ禍での生活は息が詰まりそうでした。この閉塞感を突破したい、楽しく暮らしたいと地方への移住先を探しました。鮮やかな四季の移ろいと清涼な水に魅了されて信濃町に決めました。こちらで第一子が誕生しました。子育てには申し分のない所。毎日が楽しい。(夫)

■Nさん親子 信濃町への移住に積極的だったのは息子さんの方

―高校卒業後6年ほど国内や世界11か国を旅してきました。帰国後、自然が豊かな場所でスキー三昧の生活ができる夢を叶えたいと信濃町へたどり着きました。昨年10月末から暮らし始め、北信濃の厳冬の洗礼を受けました。想像以上の寒さに驚きましたが、嫌ではなかった。豪雪や極寒も信濃町の魅力の一つです。(息子)

―息子は住民票を移してありますが、私と妻はこれからです。コンパクトな町ですね。快適に暮らせそうです。確かにコンビニやガソリンスタンドは遠くなりますが、でもちょっとがまんすればいいことですからね。(父親)

■ママ友のMさんとTさん 職場が縁で仲良しに。親子で参加。

Mさん(左)とTさん

―職場は野尻湖畔に立つ、ゲストハウスやレストランを営む「LAMP(ランプ)」です。大阪や東京で暮らし、その後世界中を旅してきました。帰国してどこに住もうかと考えたとき、昔は嫌いだった田舎の風景が浮かんできました。結婚を機に母親の実家がある信濃町に移住。Uターンするような気分でした。その際の不安要因は「職があるか」。働く場所がなければ帰れませんでした。(Mさん)

―東京や群馬で暮らし、結婚を機に信濃町に移住しました。夫がLAMPに勤めていたからです。初めての地で、周りに知人はおらず不安な思いで暮らし始めましたが、Mさんはじめほとんどが県外からという夫の職場の人たちによくしてもらいました。人柄のよい人に囲まれ、心地よく暮らしています。(Tさん)

2人とも信濃町で出産。今は子育ての最中です。

深刻化する空き家問題

今、日本全国で問題になっているのが放置されたままの「空き家」です。長野県においても空き家問題は深刻で、2018~23年の5年間で新築を含め住宅数は3万戸増加。住人のいない空き家も1万戸増えています。住宅100戸のうち20戸は空き家になっているというのが長野県においての現状です。

 総住宅数(戸)増加率(%)空き家数(戸)空き家率(%)
2018年100万8000 19万700019.6
2023年103万8000320万700020.0
長野県における総住宅数、空き家数及び空き家率(「2023年住宅・土地統計調査」 総務省)より

信濃町においても空き家の発生率は高く、大きな問題になっています。下は信濃町が刊行する『広報しなの』の2023年11月号(特集・空き家について考える)に掲載された記事です。

建築業の古澤さんが「ざいごう」を設立した理由

ざいごうの理事長を務める古澤良春さんは地元で建築業を営んでいます。だからこそ町内で空き家が目立ってきたこと、放置されたままになっていることにいち早く気付いていました。また、15歳からこの仕事に携わってきたので、豪雪に耐え抜いてきた「信濃町の家」は、現代の建築に比べて長持ちで頑丈なことを知っています。

古民家鑑定士の資格も有しているので、朽ちるのを待つだけの空き家を何とか有効活用できないだろうかとずっと思案していました。

そして始動させたのが、空き家をリノベーションし、移住者の住まいとして提供する活動です。インターネットで情報発信ができる若い社員たちの力を借りて「ざいごう」は立ち上がりました。2011年にNPO法人を設立。古澤さんを含め4人からのスタートでした。

生まれは信濃町の隣、新潟県上越市という、ざいごう理事長の古澤さん。空き家を利用した移住者支援は、活動当初は県内ではまだ新しく、2014年に阿部知事から活動内容を聞かせてほしいとリクエストがあり、理事らと県庁に出向いて意見を交換した。

止まらない人口減少を移住の促進で補う

人口減少と高齢化は、地方が抱える深刻な問題。働き手が減少することで地域経済は縮小し、疲労するからです。

信濃町も同様で、町は人口減少をストップさせ、人口増加を図るための方策として移住の推進に取り組んでいます。「UIJターン※就業・創業移住支援事業補助金」の交付や、「若者定住促進家賃補助制度」の制定など、様々な支援プランを用意しながら、ざいごうの活動にも注目しています。

Uターン:地方から都市部へ移住したものが再び地方の生まれ故郷に戻ること。Iターン:出身地とは別の地方に移住すること。Jターン:地方から都市部へ移住し、就職した後、故郷のほど近いところに戻ること。

しかし、移住者側においては、憧れの地で暮らせると夢を抱いて移住してきても、これまでとは違う環境での生活に戸惑うことが、現実問題として多々あるようです。

信濃町が転入者に行ったアンケートでは、「転入後に困ったこと」について次のような回答がありました。

「空き家はあるが、その情報が広く発信されていない」「空き家があっても傷んでおり、修繕に費用がかかる」「単身者向けの住宅がない」「地域住民との交流が難しかった」「行政のサポートが不十分」             (『信濃町人口ビジョン』 信濃町みらい創世会議 平成27年10月) 

一石二鳥? 空き家活用で町の人口増につなげたい

ざいごうは、「住宅支援で信濃町の人口増加に寄与したい」という目的を掲げています。

空き家を新たに住宅として生き返らせることで、移住者は移住先での住まいを確保でき、リノベーションされていることで快適な暮らしが保証されるのです。これは移住を促進する他の自治体と比べたとき、効力のある切り札となると町は考えています。

さらなる促進のためには、移住者が何を求めているのかを知り、その声に基づく支援が必要だと古澤さんは考えています。

今回のような交流会をはじめ、移住者や移住希望者、地元住民が集う、新旧の垣根を越えたイベントを定期的に開催することで、新しい出会いや親睦を深める場を提供できるだけでなく、参加者の本音も聞くことができ、その声を反映した活動が行えると言います。

例えば、移住に関心はあるが、踏み切るには不安があるという人には、生活調度品やWi-Fiの設備もある「信濃町ふるさと移住体験施設」で最長2週間まで模擬移住体験をしてもらっています。体験プログラムはいくつか用意されていて、今回の交流会もプログラムの一つになっています。

”取り持つ””まつべる”の心意気で移住者を迎える

地元で農業を営む関塚賢一郎さんは、ざいごうの顧問でもあり、地元住民の立場から参加しました。

「ここの風土として、“取り持つ”“まつべる”という心持ちがあります。新しく来た人たちとは特にこの心持ちで接しています。『お茶飲んでいかねかい』と声を掛けることで交流がはじまり、新しい人は地域に溶け込んでいくんです」と話します。

差し入れの多くの野菜は関さんの畑で実った朝採れ。ザルに盛られたモロコシは、大粒でジューシーで甘い。「道の駅で購入できるかも」という最新の品種。

「取り持つ」とは、もてなすこと。「まつべる」とは北信地方の方言で「目をかける」「面倒をみる」という意味で、どちらも見返りを求めない支援です。それは異なる文化や価値観などを受け入れ、調和を目指す「包括」に通じます。

古澤さんに今後の活動についてたずねると、「後進に託します。来年3月に私をはじめ理事12人のうち8人が退任します。これからは”まつべる”役に回ります」と話してくれました。

NPO法人ざいごう 
〒389-1312 長野県上水内郡信濃町富濃1994-3 
TEL026-255-3843

取材・執筆/ソーシャルライター 佐藤定子