長野県内のひきこもり支援に関するネットワーク、
【ひきこもり支援実践研究会】が2年目に突入した。
「ひきこもり」という言葉を目にしたとき、あなたはどのような気持ちになるだろうか。
もしあなたが福祉の関係者、教育の関係者、医療関係者だったら、どのような印象を持つだろう。
あるいは、当事者の家族が目にしたら、ひきこもる本人が目にしたら……どう、思うだろう。
試しに「ひきこもり」と検索をかけてみる。
Wikipediaでの定義に続いて、「ひきこもり」を検索した人たちの多くが追加で知りたいと思っているであろうことがAIの選定で並んでいく。
「引きこもりを脱出できる唯一の方法は?」、「引きこもりは病気ですか?」など。
その下には厚生労働省の「福祉・介護ひきこもり支援推進事業」のページが出て、そこから県内のひきこもり支援センター、メディアの記事などが続く。
これをもし、今まさに苦しんでいる状態の自分が見たら。そっと別画面に切り替えるかもしれない。
「自分は社会から『何らかの支援をされなければいけない存在』なんだ」と否応なしに現実が突き付けられる感じを受けるからだ。
ひきこもり、という言葉やそこから連想される言葉は、それだけで本人の胸をぎゅっと締め付けてしまう。
【ひきこもりの定義と総数】
厚生労働省 ひきこもりの評価・支援に関するガイドラインではひきこもりを以下のように定義している。
様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学,非常勤職を含む就労,家庭外での交遊など)を回避し,原則的には6ヵ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念
厚生労働省 ひきこもりの評価・支援に関するガイドラインより抜粋
また、内閣府が2015年に実施した全国調査では、15歳〜39歳のひきこもりは54万人、2018年調査40〜64歳のひきこもりは61万3,000人。調査の年数が3年ほどずれていることを加味しても、全国でひきこもりの当事者は約115万人以上いることがわかった。
【経験者が運営に携わる長野県のひきこもり実践研究会】
この調査結果を受け、全国の自治体では「ひきこもり地域支援センター」という専門の窓口を設置。県内でも「長野県ひきこもり支援センター」が設置され、総合的な対策に乗り出し、令和4年3月に、今後のひきこもり支援のあり方について検討会が開かれ、取りまとめが公表された。
取りまとめのなかで、2018年調査で2,290人がひきこもり状態にあるという結果が示された。全国と割合を比較してずば抜けて多いわけではないものの、依然として予断は許さない状況だ。
実態としてグレーゾーンの人たちも入れると、その数は調査で出た数より実際に多いことが推察される。
ひきこもり支援の課題の柱となったのが、ひきこもりやひきこもり支援に対する共通理解だ。
基本的な考え方として「本人・家族に継続的につながる伴走的支援体制の構築」「多様な社会参加の場づくりの推進」「支援人材の育成推進」等の項目が示され、対策の方向性が定まった。
今まで根強かった自己責任論ではなく、社会全体の課題とし、本人や家族の声・生き方を支援することを、考え方の共通基盤とした。県が明確にこのように定めたのは、とても大きなことだと筆者は感じた。
こうした状況下で、県から支援事業の委託を受けた長野県社会福祉協議会は、経験者の視点を入れた「基本的な考え方」や共通言語の一致を目的として「ひきこもり支援実践研究会」を令和4年6月から5年3月にかけて開催した。
その際、県内で当事者、経験者の声を集めたフリーペーパーを5年前から発行している「hanpo」の草深将雄氏がアドバイザー役として参加。筆者もhanpoのメンバーとして同行し県内を回った。
*hanpoについてはこちらの公式Webサイトをご覧ください。
【研究会参加レポート】
令和4年度は、上田市、長野市、松本市、大町市など県内各地でのべ28回が開かれた。参加者としてその地域の行政担当者、市町村社会福祉協議会の職員、NPO法人の関係者、当事者家族などが集まった。
会場では、ゆったりとした音楽がBGMとして流れていた。講演会やセミナーのような固いものではなく、リラックスしながら話をしていく場を作るためだ。その甲斐もあってか多くの会場は、お菓子や飲み物とともに和やかな雰囲気だった。
第1回目は、hanpo代表の草深将雄氏が、ひきこもり当事者としての経験を参加者に話した。
第2回目は、自分たちの地域にある社会資源をグループごとに出していくワークショップ。それぞれが知っている社会資源を模造紙にまとめ、全体で共有した。
第3回目は、第2回目を参考にしながら参加者それぞれの主観で「ひとりになれる場」「わいわいできる場」「あんしんできる場」「その他の場」の4つのテーマに沿って居場所マップを作成。できた居場所マップをどのように活用していくかについて話し合った。
【動画】昨年度の会場の様子
【本人の周りから安心させていく】
各会場を回る中で、支援者と当事者との間に意識の隔たりがあるのを随所に感じた。
支援者はどうしても本人や家族を「支援してあげよう」「助けてあげよう」「救ってあげよう」としてしまう。表面には出さなくても、その言動に滲み出てしまう。
ひきこもりを「問題」ととらえ、「解決」しようとしてしまう故のものかもしれない。
しかし、それはひきこもる本人やその家族にとって、実は有難迷惑と感じてしまうことも少なくない。
そうした雰囲気は本人にすぐ伝わる。会場では“支援してあげよう“というニュアンスがこもったアプローチや雰囲気のことを揶揄(ひゆ)し「支援臭(しえんしゅう)」という言葉も挙がった。
一方で、本人が安心できない理由のひとつが、家族との確執だ。「いつまで家にいるつもりなの?」「ハローワーク行ってみたら?」こうした家族からの声掛けひとつひとつが本人を精神的に追い詰め、ますます孤立させてしまうことにもつながるのだ。
研究会での対話の中から、こうした状況が起きる要因は、実は支援する側からの無意識のプレッシャーにもあったことが窺えた。
そして毎回終了後には、参加者した家族や支援者からは、口々に「こういう場が欲しかった」と声が聞かれた。
「ひきこもり」という事象に対して、本人だけでなく、家族や、支援者までもが孤独感を持っていたのだ。参加されたある家族は、支援者が真剣にひきこもりについて考えていたり、自己研鑽しようとしている姿を会場で目の当たりにし、「皆さんの真剣な様子を見て私は一人ではないんだ、と感じられました。本当にありがとうございます」と涙ながらに感想を述べていた。
研究会では特に、支援者側の意見も聞くことができた。実は支援者は普段、当事者家族との接点は多いものの、本人と会う機会は多くなかったことがわかった。故に当事者が何を想い、何を考えているかをそもそも認識することが難しい。本人と話す機会が少ないからこそ、当事者の視点に立ったアセスメントが簡単にはいかないという課題が浮き彫りになった。
これは居場所マップ作成時に、支援者側が「居場所」と考えているが、実は本人にとって居場所だという概念をもてない場合がある、という状況もみてとれた。
支援者側が公的な機関や病院などを「居場所」ととらえていたことに対して、当事者や経験者の中では近くの温泉や地元から離れたファミレス、本屋、人気のない河川敷、ゲストハウス、個人が経営している行きつけの飲食店なども居場所としている方が多くいた。中には墓場が居場所、という本人の声も出た。
支援者は、当事者的な視点も、自分が知らない社会資源も、どこに行ったら家族や本人が安心できるのかという情報も今まで知る機会がほとんどなかったのだ。他の機関とも情報を共有する機会が少なく、地域の社会資源を知り得る手段が少ないことがわかる。
事例として、次のような現象が起きていることが研究会の中でわかった。
家族が行政や社協の担当者に相談に行くも、担当者は居場所についての知見があまりないため、どこにつなげたら良いかがわからない。せっかく相談に行った家族は不安が解消されないままになってしまう。その不安や焦りが今度は当事者に向いてしまう。
そのため、ひきこもり支援実践研究会を通じて、各機関がつながるネットワークの重要性が浮き彫りになった。会の中で「支援者にとって、この研究会そのものが居場所だ」という感想が出たのがその象徴だと思う。
【いつでも参加できる研究会】
そんな「ひきこもり支援実践研究会」は令和5年度も実施される。長野県社会福祉協議会が主催し、参加者を募っている。
https://tinyurl.com/2d4499jo
内容は、3つのセッションに分かれている。
①基礎理解セッション これまでの振り返りと他の圏域との意見交換
②グループワーク 当事者は、何に困っているか?受け止める側は何に困っているか?
③テーマセッション 各テーマで課題解消に向けてさらに深めていく
前回の振り返りが行われるので、初めての方でも参加しやすい構成となっている。
前年度に参加された方々だけでなく、多くの関係者の方々に次の研究会へ参加してほしい。
特に、今この記事を読んでいる専門職の方や、実際に居場所を運営している方であれば、日頃の業務や活動の糧にきっとなる。
居場所づくりや支援のネットワークを考える中で「誰一人として取り残されない」というキーワードがある。その言葉の対象は実は本人や家族だけではない。支援者もだれ一人として、取り残してはいけない。
今回、hanpoのメンバーとして回っていく中で、そのことを強く感じた。
あなたの「居場所」は、きっとここにある。
<取材・執筆> ソーシャルライター さらみ