だれでも自由に参加できる「まるっとみんなで映画祭2023 in KARUIZAWA」の楽しみ方

2023年11月17日から4日間、軽井沢町の軽井沢中央公民館で開催された「まるっとみんなで映画祭2023 in KARUIZAWA」(一部作品は上田市にある上田映劇で上映)。この映画祭は、障がいの有無、国籍、年齢や性別に関係なく「だれでも気軽に参加してほしい」という願いを込められています。4日間で総勢300人が来場しました。

多くの人が参加しやすい工夫として、例えば、聴覚に障がいがある人への配慮として全編に日本語字幕をつけ、日本語が分からない人への配慮として英語字幕も提供、小さな子どもを連れた保護者への配慮として靴を脱いで座る御座(ござ)スペース。また、キャンプ用チェアなどを自由に置けるスペースや、車椅子で観覧できるスペースもあり、誰もが気兼ねなく映画を見られるよう工夫が見られました。


主催者大久保さんにインタビュー:この映画祭にかけた想い

映画祭の主催者でディレクターの大久保玲子さんに、映画祭の初めに、込めた想いや映画祭の見どころを聞きました。

町の人と交流する場がないのは、もったいない

大久保さん: 私は4年前に軽井沢町に移住しました。同じくここに移住したプロデューサーの中村と一緒に、「信州の人間として、ぜひ映画祭を通していろいろな方たちが集まれるような場所を作りたい」という想いから、この映画祭のプロジェクトをスタートさせました。

映画といえばかつては映画館で観ることが多かったと思います。隣の席に知らない人が座って、一緒に一つの作品を観る。そういった文化が今、ここ軽井沢町にはないんです。

同じ町内に多種多様な人がいることに気付く機会もあまりないように思います。普段は、学校や会社、それに同じ地区内といった近い仲間同士でつながっていますが、もう少し広い範囲の人と交流する場がないのはもったいないと思っていました。

この映画祭には、障がいの有無、年齢、国籍、性別に関係なくあらゆる人に来てほしいと思っています。近くに住んでいても世代が違えば接点がない、障がいの有無によって接点がなくなることがあると思うんです。それに海外から来て母国語が日本語以外の人とも、あまり接点がないように感じています。そういった人たちにもぜひ、今回の映画祭に遊びに来てほしいと思っています。

家で映画を観るのもいいですよね。居心地がよく家族などよく知っている人と一緒に、安心できる場所で観るのもいい。ただ、家の外に一歩出て、町のみんなで映画を楽しむのもいいと思うんです。あとは、もし一緒に映画祭を作りたい人がいれば、今後どんどん参加してほしいと思います。

日によってテーマを替えてバラエティに飛んだ映画鑑賞の4日間

大久保さん: 映画祭全体のテーマとして「自分らしさやその人らしさを、あらゆる人に」ということを掲げています。他の人の「その人らしさ」を愛するには、まず自分を愛さないといけないと思うんです。自分らしさを表現していいし、他の人がその人らしさを表現してもいい。みんながお互いを理解し合うことをテーマに、初日(11/17)の上映作品に『さかなのこ』を選びました。

2日目(11/18)はジェンダーやセクシャリティをテーマにしています。こういったテーマを、学校の授業や道徳の教科書のように教えるのは何か違うなって当事者たちもモヤモヤしていると思うんです。それを映像で伝えるっていうところが大切かなと思っています。

3日目(11/19)は音にかかわるコンテンツが楽しめる日です。知的障がいのある方やじっとしていられなくて騒いでしまうお子さまも安心して参加できる内容です。

はじめに『音の行方』というドキュメンタリー映画を観ます。その後に「音遊びの会」ライブパフォーマンスがあり、そして演者も観客も一緒に「映像に合わせて音をつけていく」というワークショップをやります。

最終日(11/20)は上田市にある上田映劇にお邪魔して映画を観ます。
上田映劇では「うえだ子どもシネマクラブ」といって、学校に行きにくい・行きたくない子どもの居場所として映画を観られるように開放される日があります。このような素晴らしい取り組みを知ってほしいという想いから、軽井沢町からバスをチャーターして遠足気分で上田市へ行きます。

上田映劇で上映するのは『友達やめた。』という作品。ろう者の映画監督とASD(発達障害)のある友人の物語で、友達関係がうまくいかず面倒になるけれど「面倒くさいって尊いことだ」と最終的に気付くようなストーリーになっています。

そして、映画祭の最後には再び軽井沢町に戻り、軽井沢町長や教育委員長、そして東信地区の行政の方や関係者を招いて「アート×まちづくり」についてトークセッションします。

他にも1日目〜3日目には、信州にゆかりのある映画監督の3作品を上映します。
軽井沢町在住の八代監督による『プックラポッタと森の時間』、松本市を拠点にする三好監督による『まつもと日和』、長野県出身の太田監督による『エディブル・リバー』と、どれも信州ならでは文化をつないでいく貴重な作品です。

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個性の大切にする心を教えてくれた映画『さかなのこ』

映画『さかなのこ』は魚類学者・タレントとして活躍する、「さかなクン」の半生を描いた作品。映画の中では、女優であるのんさんが演じる「ミー坊」が、子どもの頃から魚を釣ったり絵を描いたりすることに夢中になる様子、それが大人になっても続いて「好きなこと」をベースに人生を開拓していく喜びと葛藤が描かれます。

映画は全編日本語字幕が入り、リアルタイムで英語字幕を表示するタブレットのような専用ツールの貸出も。上映開始前の会場説明と上映後のトークイベントでは手話による同時通訳もあり、より多くの方が楽しめる配慮がされていました。

思い思いに楽しむ映画

会場には約40名の観客が入り、中には小学生くらいの子どもを連れた人の姿も。映画を映し出すプロジェクターの背後には、靴を脱いで上がれるスペースがあり、子どもが両腕で抱えるくらいの大きさのブロックもありました。

ブロックで遊んでいた子どもも、映画がはじまると真剣な眼差しでスクリーンに釘付けに。座ったり、寝転がったり、ときには身を乗り出して観る子どももいて、思い思いに映画を楽しみます。

大人はときおり子どもの様子を見ながらも、用意された椅子に座って家にいるようなリラックスした雰囲気が特徴でした。

映画はコミカルに描かれているシーンも多く、思わず声を出して笑う人もいるほど。「個を大切にする」というテーマですが、子どもにも伝わるような分かりやすさと、大人でも考えさせられるストーリーです。

監督に制作秘話を聞くトークイベント

上映が終わり、少し休憩をはさんで行われたのが『さなかのこ』のメガホンをとった沖田修一監督のトークイベント。大久保さんがインタビュアーとなり、沖田監督の作品に込めた想いや制作秘話を聞きました。

大久保さんからは、作品中のミー坊のことを「好きを突き通す。世間の評価ではなく自分の評価で生きている人」「周囲の大人や社会はミー坊のような人をサポートする必要があると思う」といった話や、さかなクンとミー坊を演じたのんさんの性別の違いについて質問を沖田監督へ投げかけます。

沖田監督は「モーレツに何かが好きな人の映画を作りたいと思った。主演の性別は気にしていなかった」「さかなクンのお母様は、(さかなクンの半生を描いた映画の)主演がのんさんと聞いて喜んでいた」と、大久保さんの質問に答えました。

また、自身も娘を育てる立場から「実際にミー坊のお母さんみたいな(子どもの思う通りにやらせる)育て方は難しいと思っている。でも、そうありたいとも思っている」と理想と現実のギャップに悩む一人の親としての率直な想いも漏らしました。

大久保さんの質問に答える沖田監督

トークイベントの後半では観客を巻き込んで、質疑応答の時間が取られました。

ある参加者からは「もっと大勢の人にこの作品を見てほしい」という意見や、「最後のどんでん返しが面白かった」という感想が出されました。別の参加者からは「ミー坊と床屋の店主の関係性が気になった」など作品に踏み込んだコメントも聞かれました。三者三様の感想が会場に飛び交い、みんなで感想や意見をシェアしました。

トークイベントが開催されている横で自由に遊ぶ子どもだち

2022年から動いていたプロジェクト

映画祭のタイトルには「2023」とありますが、プロジェクトは2022年から、インクルーシブ※な映画祭をゼロから作る運営チーム「まるっとみんなの調査団」を立ち上げてスタートしました。参加したのは軽井沢町だけでなく御代田町や小諸市など周辺の自治体のほか上田市や安曇野市から、10〜70代まで11名が参加したとのこと。

芸術活動をする人、イベント主催の経験がある人、教育現場や国際交流の場で仕事をしてきた人などメンバーのバックボーンはさまざま。今回の映画祭に通じる「インクルーシブ」の土台とも言えます。

※インクルーシブとは「包摂的な」や「包括的な」という意味でSDGsの基本理念に据えられています。

さまざまな背景を持つあらゆる人が排除されないこと

まるっとみんなの調査団のキックオフ会議では、調査団に参加したきっかけや、あらゆる人の立場に立った映画祭の運営など、闊達な意見交換がなされたとのこと。

※詳細はTHEATRE for ALL「【まるっとみんなの調査団 in 軽井沢】キックオフミーテーティング レ ポート


取材を通して感じたこと

『さかなのこ』という映画に込められたメッセージは、この映画祭の趣旨を表したものでした。「自分の好きを突き詰めてもよい。他人がその人の好きを突き詰めることを良しとする社会になってほしい」と筆者は率直に思いました。

他人との違いを認識し、争うことなく協力できる人。そういう人が増えれば、この社会は今よりもっと過ごしやすくなるのでは、と思いました。

<取材・執筆> ソーシャルライター 廣石 健悟