高密植栽培でダイバーシティな畑は可能性の宝庫だーフルプロ農園

 

沿道にりんご畑が広がる長野市のアップルライン。国道18号線から少し隠れるようにこんな畑があった。春の足音が迫ったり遠のいたりの3月半ば。まだ冬囲いのままのりんご畑だった。従来の木を見慣れた者には珍しい「高密植栽培」という、日本ではまだ新しい栽培方法でフルプロ農園が導入を始めたもの。植樹から2年経つが、本格的な収穫までにはまだ数年かかる。

少し収穫できた昨年の高密植りんごの様子

別名「ダイバーシティー農園」の理由

高密植栽培には多くの利点がある。畑を見たらすぐに分かることだが、木が小さいので作業が楽だ。矮化が進んでいるとはいえ、りんごの作業に梯子は付き物で、落下など大事故の原因になりやすい。一方の高密植は樹高を低く抑えることができて危険は小さく、高齢になっても作業がしやすい。椅子にかけての作業さえ可能になる。

従来なら熟練の職人技ともいえる剪定も、こんなサイズの木ならやりやすい。その後の摘花も摘果も収穫も、すべてが容易になる。枝の広がりも小さく、また樹列間が広いので機械化もしやすい。よって熟練者でも未熟な新規就農者でも、年齢も性別も無関係、障がいがあっても、日本人でも外国人でも、多様な人が関われるということで、フルプロ農園の他、時宜に応じて「ダイバーシティ農園」も名乗っている。ちなみに「フルプロ」は「フルーツのプロ」なのだそうだ。

多様な人材の関わりから可能性が広がる。色々なネットワークをもつ小林達矢さんもそのひとり。

次の利点は生産性の高さ。フルプロ農園にとって高密植第1号となるこの畑では、広さ30aに対して千本植えた。従来の矮化栽培の2~3倍、普通のりんごの木に比べたら10倍にもなる。植樹から5~6年育つと1本当たり約10㌔の収穫が見込めるという。

世界的には普及が進みJAでも推奨、農業者の高齢化著しい中にあって良いことずくめにみえるこの栽培方法だが、これまでのりんご畑から転換するには大きな投資が必要で、長期的視野に立たないと決断できないという問題がある。品質への不安など未知への警戒があっても不思議ではない。そんなリスクを引き受ける覚悟を決めて株式会社フルプロを設立、新しいりんご栽培に挑戦しているのが、若き農園主の徳永虎千代さん(26)と仲間たちだ。

(株)フルプロ社長の徳永虎千代さん

農業を魅力ある職業にして若者の参入を促したい

徳永さんはりんご農家の4代目。いったんは企業に勤めたが、自分の力が試される実感のある仕事をしたいと思うようになり、りんごで独立しようと21歳で農業大学校に入り果樹を学ぶ。しかしいざ踏み出してみて「時間の余裕があると思ったのにとんでもない」ことと「収入の少なさにびっくりした」。

日本の基幹的農業の担い手の平均年齢は66.1歳という農林水産省の統計がある。他国と比べても突出した高さだ。りんごの産地として歴史も知名度もあり、比較的安定しているアップルライン地域でさえ耕作放棄地が少なくないのに徳永さんは危機感を抱いている。フルプロ農園が稼げる農業のモデルになれば、若者の農業参入が増え、耕作放棄地も減り、多様な人々の雇用も生まれると考えた徳永さんは、高密植栽培にかける決意をする。

多方面からの協力者を得て株式会社化、志と行動力に共感した仲間も集まるようになった。その中のひとりに平松亜衣子さんがいる。大坂出身で元はクウェートの研究者。子どものころからキャンプやスキーで訪れていた信州が大好きで長野市内に移住し、英語と日本語講師で生活を始めて間もなく徳永さんと知り合い、フルプロ農園の、特に企画広報やダイバーシティ部門を担う中核スタッフとなっている。

広報やダイバーシティ部門担当の平松さん

クラウドファンディングで資金調達

多様な仲間ができると新たなアイデアが生まれ、実行できる範囲も広がる。高密植栽培への転換資金調達はクラウドファンディングに挑戦し、103万8千円集めるのに成功した。リターンの、りんごの木オーナー制度は特に人気で地元だけでなく大阪、東京、神奈川にオーナーができネットワークの広がりも期待できる。

オーナー制の樹にはかわいい目印が

すでに出荷した高密植栽培のりんごから、品質は十分高いという手ごたえを得た。今後、他の畑もこれに切り替えていくことを決めている。すでに近隣の耕作放棄地も何枚か借り、農地の維持という面での社会貢献を果たしながら夢は大きくなる一方だ。

当面の課題は、販売方法の効率化だ。魅力ある農園にするためには安定的な収益を上げなければならない。色々な加工品を作ったり、プルーンやぶどう農家などと連携したネット販売で売上は伸びているが、もっと進めた独自の販売システムを作りたいと考えている。地域の農園と手を組みながらフルーツ王国信州ならではの魅力を発信・販売できる、農業をビジネスとして成り立たせる仕組みで、これもクラウドファンディングに挑戦するつもりだ。

平松さんのような県外出身者からみると、長野のりんごの真価はまだまだ知られていないという。「だから市場規模も大きい」と徳永さん。機械化で効率化したい、農業の衰退を食い止めたい、多様な人材が活躍できる場に―。信州の自然環境と農業の可能性を信じてのチャレンジは始まったばかりだ。

(取材・文/北原広子)

 

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