人事に手が行き届かない中小企業をサポートする「地域の人事部」
長野県内の企業数は73,325社、うち中小企業は73,189社。
全企業の常用雇用者数の総数は494,379人で、そのうち中小企業は405,878人。
(2016年6月 中小企業庁ウェブサイト 都道府県・大都市別企業数、常用雇用者数、従業者数(民営、非一次産業、2016年) 統計表より)
大企業であれば、お金をかけて自社で大々的な採用活動ができますが、県内企業の実に99%以上が中小企業。
規模が小さな会社であれば、経営者自身が営業、管理、製造現場など全部を見なければならず、会社のために孤軍奮闘するなかで、人事をある意味「片手間」的にこなさないといけません。
塩尻市のNPO法人MEGURUは「地域の人事部」をテーマに、「地元の中小企業に人事の専門性が行き届いていない」という地域課題を解決するために、会社単体ではなく地域単位で人事機能をシェアしようという発想で、2020年に設立されました。
MEGURUは新たな取り組みとして2022年2月、求人メディア「ながの人事室」をスタート。「人手」ではなく、想いを持った経営者の「仲間」となる中核人材のみを掲載するウェブサイトをオープンしています。
「たくさんお金が欲しい」「いい条件で働きたい」というのではなく、共感できる人たちと価値ある仕事をしたい。そんな求職者と企業をつなぐオンラインサービスです。
※筆者も、求人記事の発信をお手伝いするライターとして関わっており、この新たな取り組みを紹介したいと思います。
「地域」というコミュニティで生きることの豊かさ
MEGURUの代表理事を務める横山暁一(よこやま・あきひと)さんは、人材系の会社でフルリモートで働く傍ら、2019年4月に塩尻市地域おこし協力隊に着任。現在、塩尻商工会議所の地域人材アドバイザーとして、地域の中小企業の経営支援をしています。
静岡県出身で、大学在学中と就職してからも含め約10年間、名古屋に住んでいたという横山さん。
当時は家と会社の往復の毎日で、「自分の居場所は家族と職場にしかなかった。地域に対する愛着とか、この地域をどうしていこうということを話すコミュニティがなかった」と振り返ります。
生き方を変えるきっかけになったのは5年ほど前のこと。
会社の研修で、鳥取県智頭町の住民たちとチームをつくり、半年間にわたって智頭町の地域課題解決に取り組みました。
そこで、家族と職場だけでない「地域」というコミュニティを持つ住民たちに出会いました。
「そもそも智頭町って何処ですか?」
— 智頭町【公式】 (@chizukikaku) March 31, 2021
の質問にお答えする動画です( *´꒳`* )
智頭町をどうぞよろしくお願い致します(⋆ᵕᴗᵕ⋆).+*ペコhttps://t.co/2RZoXrRH4l#智頭町 #智頭 #鳥取県 #鳥取 pic.twitter.com/dEYx3MKeE9
「将来自分たちの子どもや孫のために地域をどうしていくか、この街で育って良かったと思ってもらえるためにどうしたらいいか、ということを話すコミュニティを彼らは持っていて、それは俗にいうサードプレイスのようなものだと思った。自分が住んでいる場所に思いを共にしている人たちがいるというのは、人生にとってすごく豊かなこと。自分自身、どこかの地域の当事者となって活動したいと思うようになった」といいます。
当時結婚前だったパートナーが「ゆくゆくは長野に帰りたい」と話していて、「じゃあ長野県内に知り合いをつくっておこうか」と足を運ぶうちに、「日本仕事百貨」という求人サイトで塩尻市の地域おこし協力隊員募集を発見。「面白そうだ」と強く興味を惹かれ、結婚式前日に応募したそうです。
どんな土地で、どんな人と、どんな仕事をするか。
その価値は就労条件でははかれない
MEGURUは、次の3つの事業を行っています。
・企業向けの人事パートナー事業
・個人向けのキャリア支援事業
・企業と個人のマッチング事業
企業向けには、地域の中小企業と共に人事戦略を一緒に立てたり、人事のオペレーションをサポートするなどの人事機能の支援を。個人向けには、学生や社会人を対象にしたキャリア開発の支援などを行っています。
企業と個人のマッチング事業として、人材紹介や複業人材のマッチングなどをしてきましたが、今回新たに始めたサービスが「ながの人事室」です。
横山さんがさまざまな経営者の話を聞いた中で、特に印象に残っているのが、「人手じゃなくて仲間がほしいんだ」という言葉だといいます。
経営者が、自分と同じ熱量で経営課題に向き合う仲間と出会うためのサービスができないかと考えたのが、この求人メディアでした。経営者自身の想いや企業のビジョンなどを深く掘り下げるインタビュー記事を掲載しています。
一般的には、仕事探しをしようとする人が利用するハローワークや既存の求人サイトは、給料の額や年間休日の数などの条件面が主体となっています。しかし、それだけでは、その仕事が持つ本当の価値を伝えることができません。
横山さんは「むしろ地域で働く中では、経済的な豊かさだけでなく、どんな人と、どういう環境で働くかというのが実は大事。そうした社会関係資本こそが、本当の豊かさにつながるのでは」と話します。
「ながの人事室」は、コンセプトを「仕事を『探す』から、『出会う』へ」としています。単なる人手を求める求人ではなく、新規事業へのチャレンジ、既存事業のブランディング、事業承継、ベンチャー企業やソーシャルビジネスなどで、将来企業の中核を担うであろう人材の募集を掲載。
新しい働き方にチャレンジしたい、自分のキャリアを転換したい、共感できる人たちと価値ある仕事をしていきたい、という人たちをターゲットと考えています。
当初は移住者層が6~7割だと想定していましたが、オープンしてみたら県内在住者からの反響も多かったのです。
現在7件の求人情報を掲載(1件はすでに募集終了)し、今後は1ヵ月に3社程度を目安に掲載していく予定です。
たくさんの出会いがここ、長野にある
横山さんの地域おこし協力隊の任期は2022年3月末まで。
「任期終了後は、『地域の人事部』としてのMEGURUの活動をより加速していきたい。変化が激しい時代の中で、企業はこれまで通りやっていてもうまくいかないことが出てくる。『人』という経営支援がすごく大事で、そこに対して我々がどんな価値提供ができるか。活動をより深めていきたい」
ウェブメディアとしてスタートした「ながの人事室」ですが、2月27日にはオンラインイベントも開催しました。今後、経営者の生の想いをもっと可視化できるような仕組みづくりも進めます。
横山さんは「転職したいと思ったときだけ見るのではなく、よりキャリアを前進させたいとか、面白い人たちと出会いたいと思ったときに覗いてもらえるようなメディアに育てたい。求人募集終了後も記事は残り、蓄積していく予定。共感して何かを成し遂げたいな、と思える出会いが詰まったメディアになればうれしい」と、思い描いています。
筆者も元々は千葉県からの移住者です。
長野という地域に深く関われば関わるほど、この地域の持つ課題を知り、もっと良くしようと活動するたくさんの人々に出会うようになりました。
県外に進学した長野県出身学生の県内への就職率は例年4割以下です。「地方での暮らしはつまらない」「県内には面白い仕事がない」と思い込んでいる若者も多いのではないかとも感じています。
「ながの人事室」を通じて、各企業、経営者の魅力を知るだけでなく、長野県で暮らすことの面白さ、豊かさ発見にもつながることを期待しています。
取材:NPO法人MEGURU(2022年3月1日)