2021年秋、松本市内の犬を劣悪な環境で飼育し虐待していた販売業者の元社長らが逮捕されました。元社長は動物愛護法違反の罪で12月に起訴されました。
業者の施設で900頭以上を飼育し、469頭の犬を衰弱させたとされ、犬たちが置かれていた過酷な状況が全国ニュースで大きく報じられました。
不幸な犬が増えないように、飼う側が「犬を誰から迎え入れるか」をよく見極めなければなりません。かわいければいいのか? 安ければいいのか? 本当に大事なことは何なのかを考えたいと思います。
犬の処分率が0に近い長野県
長野県では、1994年に4500頭を超える犬が保健所に保護・引き取られ、そのうち4000頭近くが処分されていました。
しかし、現在では保護・引き取りされる犬が減り、処分頭数はほぼ0に近くなっています。
2020(令和2)年度に県の保健所で引き取った犬は14頭。以前は「引き取ってほしい」と申し出があった際に、すぐに引き取っていたそうですが、今は特別な事情がなければ「まず自分で引き取り手を探してください」と伝えているそうです。
全国レベルでは処分率がまだ2割弱あるため、比較すると長野県の動物愛護は推進しているといえます。
狂犬病の予防注射の接種率も9割を超えており、全国トップクラスです。
長野県動物愛護センター「ハローアニマル」(小諸市)そうだん課の小平満さんは「長野県民の真面目な県民性が反映されているのではないか」と話しています。
長野県の動物愛護を推進してきた「ハローアニマル」
ハローアニマルは、人と動物が共生する潤い豊かな地域社会を構築することを目的に2000年に設置されました。県の動物愛護管理推進計画の進行管理と、災害発生時の動物救護活動の拠点施設で、災害時にはフードなど、動物のための物資の援助も行っています。
「動物のため」ではなく「人と動物のため」の施設で、動物愛護に関する事業を総合的に行う拠点として、約20年に渡り、県民に動物愛護と適正飼養の啓発を行ってきました。
全国では、動物愛護センターと動物の処分場を併設している施設が多いですが、ハローアニマルは動物愛護に特化した施設です。
現在飼育している「ふれあい動物」は、保護犬25頭・保護猫16頭。一定期間の後は引退して譲渡されます。保護動物以外に、うさぎ15頭、モルモット13頭、やぎ2頭を飼育しています。
啓発事業の一つ、「動物ふれあい教室」では、遠足などで訪れた小学生や園児に、犬、ウサギ、モルモットなどと実際に触れあってもらい、命の大切さ、相手を思える気持ちを感じてもらいます。
ふれあい動物としてハローアニマルで飼育される犬も、もとは保健所で引き取られた犬たち。いろいろな人に触れられるので、犬の性格によっては大きなストレスを感じてしまいます。適性を見た上で「人と触れ合っても大丈夫」だとされた犬たちに訓練して、ふれあい動物として活躍してもらっているそうです。
かつては譲渡が事業の柱でしたが、現在は子どもたちを対象にした様々な普及啓発事業が中心になっています。
大人への「犬猫の正しい飼い方教室」では、「命を大切に、責任を持って飼ってください」と、飼うことの大変さを伝えています。
―自宅に犬を迎え入れようと思ったとき、犬とどうやって出会ったらよいだろう?
新たな家族を探している保護犬を迎える選択肢もあります。
小平さんも保護犬を飼っているといいます。
「保護犬は心に傷があったりするので、触られるのを嫌がったり、人間が思う『犬らしさ』がない犬もいます。かわいそうとか、単純な気持ちでは飼えませんので、覚悟がいります。かわいそうというだけで手を差し伸べるのは、野良猫にえさをやるのと同じこと。飼うことで、犬と飼い主、お互いが不幸になってはいけません。個性をしっかり知ったうえで迎え入れてほしい。考えた末に飼わないのも愛情、選択の1つです」
保護犬に関わる方法は里親になるだけではありません。たとえ飼えなくても、保護団体に寄付をしたり、ボランティアに協力するなど、様々な愛情の形があります。
不幸なワンちゃんを減らしたい 「ポチの会」
昨年から長野市で保護犬活動を始めた「犬の心をつなぐWA ポチの会」。
同会代表の西條章代さんは、別の保護団体のメンバーとして活動していたそうですが、10月21日に犬を受け入れ、独自の活動がスタートしました。
長野市と須坂市に住む5人のメンバーが、主に自宅で預かりボランティアをしています。
2~7歳くらいの犬9頭を保護し、譲渡会を経てすでに2頭が正式譲渡になりました。
初めての譲渡会は昨年11月、ドッグラン施設「ドッグフォレスト杏っ子の里」で行われました。
メンバーの相澤亜紀さん夫妻は農業をやりながら、ドッグランと「わんらぶ 犬の幼稚園」を営んでいます。
ドッグランは、畑に猿を寄せ付けないように犬に来てもらうための施設でもあり、むしろ来てくれる人はありがたく、利用者の寄付で運営しているといいます。
「ワンちゃんたちに敬意を払い、一匹でも不幸なワンちゃんを減らしたい」という思いが、ポチの会の活動にもつながります。
譲渡会には、長野市を中心に県内全域から60人ほどの人が来場。
「自分が思っていた以上の反響がありました。テレビや新聞などで松本の事件のショッキングな映像が流れました。それを受けて、ペットショップではなくこのような場に足を運んでいただいたというのは、関心の高まりを感じます」と相澤さん。
「他県に比べれば、長野県は確かに保護犬は少ないですが、避妊去勢をせずにワンちゃんを安易に迎え入れた結果、飼いきれない現状を招くというのは、長野県を含めて日本のどこにでも起こっていること。ブリーダーに限らず、個人のお宅でもです」
相澤さん宅で飼っている犬も、もとは保護犬。
迎え入れて6年経つそうですがいまだに人になじむことができず、家族以外には今も心を閉ざしています。
譲渡会では、「トイレのしつけがうまくいってないワンちゃんはもらえません」という声も。
相澤さんは「そこでめげていたら保護犬の受け入れは無理。一般的なトイレトレーニングがされてきたワンちゃんではなく、冷たいケースの中、ただ新聞紙を敷かれた状況に閉じ込められていたワンちゃんだったり、栄養状態が悪かったり、病気の治療をちゃんとされずに体が変形しているワンちゃんも来ています」と訴えます。
健康状態が悪い犬は、ある程度回復してからの譲渡になります。
保護犬たちが生まれてからこれまでのバックボーン、すべてをまるごと受け入れ、向き合う。関係づくりに時間がかかることをしっかりわかった上で迎える準備をする必要があります。
「犬のことを自分で勉強するのは大事ですが、悩んだ時はドッグトレーナーなどのプロにも相談してみてください。『一人で悩まないで』というのは人間の子育てと一緒です。それを認知してもらえれば適正に飼われて、捨てられるようなワンちゃん、一般家庭で虐待にあうようなことが減っていくと思います」
ポチの会は、譲渡会活動と並行して、今後は子どもたちへの啓発活動もしていきたいと考えているそうです。
「保育園、小中学校などを訪問し、動物たちが置かれている状況の裏側がどうなっているか、お話をできる場を作っていくのが目標です」 しかし、今はまだ行先の決まっていない犬たちがいるので、家庭に迎えてもらえる努力を最優先で取り組もうと活動しています。
犬を迎え入れようと思ったら
フランスでは昨年、動物愛護の法律が改正され、2024年1月以降はペットショップで犬猫を販売することが禁止になります。
しかし、ペットショップは身近で簡単に動物を目にできる場所。犬を飼おうと思った時に、ペットショップを訪れるのは、日本ではごく一般的な行動です。
「店内に動物がいれば、やっぱりかわいいから子どもは見に行ってしまいます。一緒に来た大人が、そこにいる犬たちのことを子どもにどう説明できるか。犬に対しての知識がないのが現実だと思います」と相澤さん。
―では、どんなブリーダーから犬を迎えれば良いだろう?
相澤さんに聞いてみました。
「飼育環境を見せてくれたり、迎え入れる子の両親を見せてくれたり、バックボーンを明らかにしているブリーダーさんであれば、全てというわけではありませんが信頼はできると思います。また、耳障りのいい売り文句だけでなく、ワンちゃんの特性をちゃんと話していただけることも大事です」
相手がブリーダーだとしても、保護団体だとしても、対面して話を聞き、気になること、わからないことをしっかり確認した上で犬を迎えることが必須なのは違いありません。
各保護団体が譲渡会を開くなどしていますので、話を聞いてみるとよいでしょう。
取材日:長野県動物愛護センター「ハローアニマル」(2021年11月16日)、犬の心をつなぐWA ポチの会(2021年11月26日)