2025年5月1日、長野市の東鶴賀(権堂駅から東へ徒歩約10分)に「珈琲アウラ」がオープンした。一見、若者が経営するオシャレなカフェに見えるが、その背景には、長い時間を超えてつながったあらゆる人の想いがあった。
本記事では昨今問題になっている「社会的孤立」を踏まえて、住宅街に新しくオープンしたカフェの可能性を模索する。
日本国民の約半分が感じる孤独と、届かない支援。カフェの新たな「価値」
まず「社会的孤立」という言葉を定義する。厚生労働省の「令和4年度生活困窮者自立支援制度人材養成研修」テーマ別研修 《孤独・孤立》講義(3)にある日本福祉大学 斉藤政茂教授の「日本における社会的孤立の動向と課題・論点」によると、社会的孤立とは「家族やコミュニティとほとんど接触がないこと(客観的)」である。
一方、内閣府が行った「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和5年実施)」によると、次の3問に対する回答の合計スコアが、10点〜12点(常にある)および7点〜9点(時々ある)人の合計が47.0%にのぼる。
- あなたは、自分には人とのつきあいがないと感じることがありますか。
- あなたは、自分は取り残されていると感じることがありますか。
- あなたは、自分は他の人たちから孤立していると感じることがありますか。

内閣府「孤独・孤立の実態把握に関する全国調査(令和5年実施)」より
ちなみに令和4年の調査結果は48.7%、令和3年は43.4%だった。叫ばれている「社会的孤立」という問題が、一定程度データにも表れていることが分かる。
それでは、孤独を感じている人たちは「支援」にアクセスできているのだろうか?
内閣府が設置する孤独・孤立の実態把握に関する研究会の「人々のつながりに関する基礎調査-令和3年、4年-調査結果に関する有識者による考察」によると、孤独を感じながらも支援を受けていない理由として次が多かった。
- 支援が必要ではないため
- 支援が必要だが、我慢できる程度であるため
- 支援の受け方が分からないため
これらをふまえて、早稲田大学 石田光規教授は「なぜ、社会的孤立が問題なのか?」のなかで、「相談すること」の抵抗感を指摘しつつ、心理的・物理的アクセスの良さがある居場所づくりを提案している。
珈琲アウラは、決して社会的孤立の支援を目的としてオープンしたカフェではない。そのため、社会的孤立を感じていない人も含めて、多くの人が訪れる。むしろそれが「心理的なアクセスの良さ」ととらえる人もいるだろう。
一方、権堂駅から徒歩10分という立地なので公共交通機関でアクセスできるほか、3台と少ないながらも駐車場もある。これらは県内の交通事情をふまえると、十分に物理的なアクセスが良いと言えるだろう。もちろん、付近に飲食店が少ない近隣住民もアクセスしやすい。
このような視点で珈琲アウラを見ると、一般的なカフェとは異なる「価値」を見いだせるかもしれない。
多くの人が心地よく過ごせる「珈琲アウラ」
珈琲アウラはカフェとしてコーヒーとランチが楽しめるほか、週末(金・土・日)の夜はアルコールも楽しめるお店になる。コーヒーは店内で焙煎したこだわりの一杯。ネル(布製のフィルター)を使って淹れる。
カウンターとテーブル席があり、窓の外にはテラス席がある。テラス席には適度な高さの囲いもあるため、住宅街のなかではあるが開放感とプライベート感のバランスが良い。

経営するのは長野県立大学を卒業した小倉翔太さん。小倉さんは大学在学中に長野駅前で「ODDO Coffee」を経営した際は、ほぼ一人でお店を運営していたとのこと。しかし、珈琲アウラのオープンにあたって、ランチ・スイーツの担当者と夜営業の担当者、そして広報・ECの担当者として、大学生時代の同級生や在学中の県立大生の計3人をスタッフとして迎え入れた。
はじまりは祖母とコーヒー豆
小倉さんは静岡県掛川市の出身。高校生のころにコーヒー豆を販売するお店(ロースター)に興味をもち、祖母にミル(コーヒー豆を砕いて粉末にするもの)を買ってもらった。それがコーヒーとの出会いだった。
その後、大学進学をきっかけに長野市へ移住。2021年、当時まだ大学生だった頃、長野駅前にコーヒーショップ「ODDO Coffee」をオープンした。同店では、普段馴染みのない人にもコーヒーを楽しんでもらおうと、あえて苦みを抑えた浅煎りのコーヒーを提供した。
この戦略は成功し、今ではインバウンドの観光客をはじめ、日本人の観光客にも人気があるという。自らが素直に「おいしい」と感じる味を追求した結果だった。

祖父母の口に合わなかったコーヒーとインバウンドに対する不安
小倉さんは実家に帰省した際、祖父母に浅煎りのコーヒーを淹れた。しかし、その表情からあまり「おいしい」と思っていないことが伝わってきた。
小倉さんいわく、静岡県は全国でもっともコーヒーの消費量が少ない県だそう。静岡県にはお茶の文化があり、コーヒーよりもお茶を飲む習慣があるとのことだ。しかも、お茶は渋くて苦い。小倉さんの祖父母はその味に慣れており、苦みを抑えた浅煎りのコーヒーは口に合わなかったのだろうと、振り返る。
「どうすれば、身近な人においしいと感じてもらえるか?」と自問自答を繰り返すなかで分かったのが、味覚の好みが育った環境や文化的背景に影響されることだ。それが茶道や民藝を知るきっかけになり、「人は『流れ』のなかに存在する」と気づいたという。
ほかにも、ODDO Coffeeが軌道に乗っていくにつれて感じたことがあったという。
ODDO Coffeeは駅前で立地が良いこともあり多くの人が訪れた。しかし、目の前の一人のために落ち着いて一杯のコーヒーを淹れるというよりは、“マニュアル通りに均質化されたコーヒーを淹れ、一人でも多くの人に飲んでもらう”という流れができてしまったのだ。
また、外国の人も多く訪れ、今は円安の影響もあり旅行先として日本が人気だが、その流行りが落ち着いたときODDO Coffeeには誰か来てくれるのだろうか。
小倉さんのなかに、焦りの気持ちがわいてきた。
流行り廃りに関係なく地域に愛される店へ
珈琲アウラのコンセプトは、重なり合う「いま」を呼吸する、ということ。風土や文化、暮らしと調和した存在をめざしている(クラウドファンディングサイト CAMPFIRE 重なり合う「いま」を呼吸する−珈琲アウラ−より抜粋)。
人は流れのなかに存在し、人がつくる文化や価値観が長い時間のなかで環境や文化と調和する。それらは時代を超えて人を惹きつけ、ある人にとってどこか懐かしく、あるいはまた別の人にとっては心地よく感じられるという。
「珈琲アウラでは目の前の一人のお客様のために、落ち着いて一杯のコーヒーを淹れたい」と小倉さんは話す。店内には小倉さんのこだわりが詰まっている。高い天井や木のぬくもりを感じるような暖色の壁、そして心に落ち着きを与えてくれる照明がある。「一杯のコーヒー」を味わうための演出にも抜かりがない。

ODDO Coffeeは「多くの人が飲みやすいように」と浅煎りのコーヒーを提供していたが、結果的には、“やや変わったコーヒーが好きな人”が集まってしまったそうだ。
しかし、珈琲アウラでは原点に立ち返って深煎りのコーヒーを提供する。また、ランチメニューやスイーツ、それにアルコールなどコーヒー好き以外の人も楽しめるようにする。
経営するのは小倉さんだが、多くの人の支えがあってここまでやってこられた。
もともと、この建物は築75年の古民家だった。しかし、持ち主の「この家を残し、町に活かしたい」という想いが縁を紡ぎ、やがて珈琲アウラにつながった。小倉さんとの間を取り持ったのは、長野市内で多くの事業を手がける実業家だった。


周囲が住宅街になる前(左)と、同じ方向からの現在の風景。向かって右側の建物が珈琲アウラ
ほかにもカップとソーサーは長野市内で活動する陶芸家である岸田怜さんに依頼し、テーブルやイスは小倉さんも立ち上げにかかわったR-DEPOに依頼するなど、多くの人の支えがあった。スイーツの材料は近所にある菓子材料の問屋に依頼し、庭(テラス)の手入れも近所の植木屋に依頼しているという。まさに、地域に支えられたカフェなのだ。
珈琲アウラのオープンにあたって実施したクラウドファンディング(現在は募集終了)において、目標の150万円を大幅に上回り200万円以上の資金が集まった。このことからも、珈琲アウラを支えようと思う人がたくさんいる様子が伺える。
ストーリーが詰まった一杯のコーヒー
「コーヒーを淹れるところはあまり取材してもらっていないので、良かったらどうぞ」
そう言うと、小倉さんは手際よく作業をはじめた。豆をミルで砕き、フィルター(ネル)に入れて上からお湯を注ぐ。小倉さんと筆者しかいない店内には、お湯が注がれる音が響き、コーヒーの香りが漂っていた。
ひと口飲むと、ほどよい苦みと深みを感じた。筆者が毎日飲む瓶入りのコーヒーとは、当然のことながら全く異なる味である。
これから、この空間にはさまざまな人がやってくるだろう。小倉さんを応援する地元の人々が集う場所になるかもしれない。

珈琲アウラに集う人の声
5月1日。開店日の昼過ぎに改めて取材に伺った。店内には10人近い人がおり、コーヒーやスイーツを楽しんでいた(ランチの提供は7月頃からの予定)。
ブレンドコーヒーを頼んだ信濃町の男性は「ODDO Coffeeで提供されていたコーヒーとは違い、より多くの人が楽しめると思う」と感想を述べた。
近所に住む2人組の女性は「コーヒーが美味しかった。次は友だちを連れてきたい」と話した。
また、県外に住む姉妹を連れてきた長野市内在住の女性は「店内の落ち着いた雰囲気が好き」と言い、友人と来ていた近所に住む女性は「一人でも来やすいし、のんびり過ごせそう。夜の営業も楽しみ」と話した。

珈琲アウラがある場所は住宅街であり、周囲に飲食店がない。長野駅までそれほど近いとも言えない立地のため、近くに住むカフェ好きな人はもちろん、夜にアルコールを楽しみたい人が集う場所になるだろう。
もし「自分は取り残されている」、「他の人たちから孤立している」と感じることがあったら、近くの店を訪ねてほしい。珈琲アウラも、あらゆる人が気軽に立ち寄れる場所になることを願う。
珈琲アウラ
〇住所:長野県長野市東鶴賀町25-2
〇営業時間:
喫茶 10:00~18:00
ランチ 11:30〜14:00(2025年7月頃〜)
夜喫茶 18:00~23:00(金・土・日曜)
〇定休日:木曜
〇アクセス:権堂駅から東に徒歩10分(駐車場3台あり)
〇Instagram https://www.instagram.com/aura.coffeeroastery



