2026年1月25日(日)、長野市のふれあい福祉センター5階ホールで「信州ひらがな料理普及隊」が主催した「ふるさとの食をつなぐ文化祭」が開催されました。会場に展示された資料を来場者120人ほどが自由に見て回り、演劇と記念講演を楽しみました。
「信州ひらがな料理普及隊」が文化祭を開くのは、はじめてのこと。開会にあたって会長の宮尾和子さんは「さまざまな活動を知ってもらいたいと考え、地域の伝統的な食べごと文化と行事食・郷土食に関する資料などを展示し、いっしょに次の世代へ伝えようという新たな有志を募って活動がより活発になることを期待しています」と、文化祭の目的を話しました。
同隊は、郷土の「食べごと」文化の伝承をめざし、北信地方で食農教育活動などに取り組む11のグループでつくる有志団体です。発足は2017年5月。「食」を人の暮らしと価値観を形づくってきた「食べごと文化」として捉え直し、①栄養・健康、②共食と礼法、③いのちへの感謝といのり、④食料自給とふるさとの無事・平和へと視野を広げ、「食べごとの向こう側」までを考えることを大切にしています。
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また、同隊で活動する「食のたすきを結ぶ会」の会長、長田光子さんは、「コロナ禍で人々が集まる機会が途絶え減ってしまいましたが、当会が令和7年度ながのまちづくり活動支援事業補助金を得たことで、文化祭の具体化に弾みがつき実現しました」と開催に至ったきっかけを話しました。


会場の入り口では、農民たちの感謝といのりが込められた「わら細工(農村工芸)」が、来場者を温かく迎えていました。


会場内には、地域に伝えられてきた行事食や郷土食に関するさまざまな資料が展示され、日々の暮らしのなかで育まれてきた「食べごと」の知恵が紹介されていました。








「だから、ひらがな料理がいい」
長年、生活改善や食農教育などに関わって「信州ひらがな料理普及隊」の結成を働きかけ現在、事務局を務める池田玲子さんの展示は「だから、ひらがな料理がいい」と呼び掛けたもの。
「ひらがな料理」は、昔から日常的に食べられてきた郷土に根差した自然の恵みをいただく料理。明治維新後に日本へ入ってきた海外の食材や料理、昭和の高度成長期で発達した加工品などとは異なるものです。
ごはんと味噌汁・煮物・漬物などをいただく「ひらがな料理」と、パンとスープ・ハム・チーズなどをいただく「カタカナ料理」を食料自給率で比較すると大きな違いがあるそうです。


古事記の「国生み神話」に記されている「豊葦原の瑞穂の国(とよあしはらのみずほのくに)=豊かで稲作が実る国」を紹介し、地理と気候風土に恵まれた日本で、私たちの祖先は米と豆・大根・かびの恵みで生きてきたと言います。「かびむすくに」で発酵の文化が発達したのも日本の風土と人々の知恵のおかげです。



稲穂についた黒い玉(写真左)は、「めったにお目にかかれない稲魂(いなだま)」。麹のもとになる「コウジカビ」の塊で、日本の発酵文化の原点ともいえる存在です。昔は「稲糀病」といわれて嫌われていたそうですが、近年は農薬散布などのため、ほとんど見ることができなくなったそうです。ちなみに、「麹」は古代中国から伝わった漢字ですが、「糀」は江戸時代にできた和製漢字で特に米糀を指すそうです。
「いっしょに食べて」と並んでいたのは野沢菜と落花生。「つけもの好きな子どもにするには何の味?」と添えられていました。野沢菜と落花生をいっしょに食べると、鳥のキジを思わせるような旨味が感じられるといいます。
どういうことだろうかと口に含んでみると、嚙むほどコクのある味わいに。「これがキジ?」と何とも微妙ですが、いっしょに食べると味が変わるのは確か。別の人は「代替肉のよう」との感想でした。
ふるさとの食ごよみ
数々の展示の中に「食のたすきを結ぶ会」が長野市北部での聞き取り調査などをもとに、月ごとの行事食といわれ、季節の郷土料理のレシピなどをまとめて作成した「ふるさとの食ごよみ」がありました。

結びのことばには「先人からの【たすき】を私たちの手で渡します」とあり、「子どもたち、孫たちに、やっとの思いで生き抜いてきた戦中戦後の食糧難の時代を繰り返させたくはありません。モノはなくても心豊かに暮らしていた先人たちが大切に受け継いできた様々な伝統や知恵を改めて振り返り、先人からの【たすき】を私たち自身で次世代へ手渡したいと考え、本誌をまとめました」とありました。
「ふるさとの食ごよみ」は希望者に1冊500円(送料別)で譲っているそうですが、店頭などでの一般販売はせず今後、ふるさとの食べごと文化を伝承する講座などで活用していくとのことでした。
信州の伝統野菜「前坂大根」の魅力を伝える



山ノ内町で活動するグループ「北信濃食文化研究会」の展示テーマは、信州の伝統野菜「前坂大根(まえさかだいこん)」でした。水分が少なく保存性に優れているのが特徴で、古くから沢庵漬けとして受け継がれてきました。その魅力を次世代へ伝えるため、最近ではカレー漬けやビール漬けなど、現代の食卓に合う新たな味の工夫をされているそうです。
豪雪地帯の「乾燥」と「凍み」の知恵
「乾燥野菜」は冬期の「乾燥」と「凍み」を活かす豪雪地帯ならではの知恵。天日に干すことで保存性が高まり、栄養価と旨味が凝縮されます。


とくに水分が多い大根を干すには、カビが生えにくい冬期が最適。沢庵用に丸ごと干したり、煮物用に輪切りや縦割りにして凍み大根にしたり、切り干し大根にしたりと、干し方もさまざま。丸ごとの時は、雨に濡れないよう注意しながら外で1ヶ月干すそうです。
また、長野市鬼無里では、夏の強い日差しを活かした干し野菜づくりが盛ん。なすやカボチャ、りんごなどの輪切りを波トタンの上に並べて風を通し乾燥させます。干し野菜は、とれ過ぎた作物を長期保存する昔からの知恵です。
知恵と工夫で命をつないだ戦中・戦後の食事



いつも「ひもじさ」と隣り合わせだった戦中・戦後の時代。絶対的に食料が不足する日々、人びとは知恵と工夫で命をつないできました。当時の食事を紹介したのは「朔の会(さくのかい)」。毎年8月に「戦中・戦後の箱膳体験」を開いているそうです。
配給された玄米を一升瓶に入れ、はたきの柄などの棒でつつくのは、少しでも白米に近づけようという精米の工夫。ザクザクと10時以上もひたすらつつくのが、子どもの仕事だったそうです。
いなごや蚕(カイコ)のさなぎなどの昆虫食は、貴重なたんぱく源として人びとの栄養を支えていました。
玄米といなご、蚕のさなぎを試食した小学6年の男の子は、「戦時中の食事は社会の教科書で勉強したことがあり、実際に食べてみたいと思っていました。体験できてよかったです」と話していました。
貴重だった楽しみの食


信州では、お盆になると各家庭で天ぷらを揚げる風習があります。千曲市周辺では、天ぷらとともに「うずまきかりんとう」を揚げる習慣があったそうです。砂糖や油が貴重だった時代、甘い揚げ菓子は年に何度も口にできるものではありませんでした。だからこそ、お盆は祖先の霊を迎える大事な行事であると同時に、子どもたちにとっての楽しみでもありました。
展示したのは「かけはしの会」。6種類の種が何の植物かを当てるクイズで、それぞれの特徴と「いのちの仕掛け」を伝え、参加者に「うずまきかりんとう」を提供しました。
地域発!新しいふるさとの味


戸隠地域づくり協議会が長野市戸隠産の大豆と米でつくった味噌と豆菓子(写真左)、大岡ふるさとづくり協議会が農薬や化学肥料などを使わずに育てた長野市大岡産のミニ・トマト100%のトマトジュース(写真右)を紹介するコーナーも設けられていました。いずれも地域に増えている遊休農地を活用して作物を栽培し、地域で「新しいふるさとの味」を生み出しています。
3匹のたぬき娘が伝える信州の食文化


信州の食文化や農村文化を演劇で伝える「食育劇団えぇ~こ」は、『信濃では今日も明日も明後日も 作って食べて伝えてぽんぽこ』と題し、冬至のかぼちゃやお盆のおやきなど、昔ながらの郷土の食を何とか残し伝えようとする3匹のたぬきの楽しいやりとりを熱演しました。
全編(約21分)をYouTubeで見ることができます。
食文化の継承と実践の重要性


長野県立大学食健康学科の中澤弥子教授が「ふるさとの食をつなぐ」をテーマに記念講演を行いました。中澤教授は、先人たちの食に関する資料を収集・保存し、デジタルのデータにして発信していくことの重要性を強調しました。
あわせて、食文化研究の前任者である三田コトさんが、長野県短期大学紀要第43号(1988年)で示した視点を紹介しました。三田さんは、地方に生活し、その地域の食文化を創造・発展させるためには、①地域産物と食習慣・郷土食・伝承料理の研究、②栄養改善の方向性の見極め、③食事構成や基本的な食パターンの形成、④各料理の調理法研究と調理技術の習得、⑤新しい味や食品・調理法の郷土食への応用、⑥食べる人の地域型食生活への意識の高揚が重要であると述べています。そして何よりも、これらを「実践として持続すること」こそが最も重要であると指摘しています。
文化祭を見学した山ノ内町在住の女性(20歳)は、「よい取り組みでした。いま失われつつある食文化を再確認できました。地域によっていろんな文化があっておもしろい。こうした文化を日本に残していきたい」と話しました。
また、会場で集まったアンケートに記されたコメントの一部を紹介します。
〇昔を思い起こしました。過ぎた大切な食文化を、この催しを通して多くの方々に伝われば良いですね。
〇「ひらがな料理」の意味を初めて知りました。劇でもテーマになっていましたが、知ってもらうことがどうしたら進むのか難しいと思いました。誰でも経験できる機会を作り出すことが大切なのかと思います。小学校から高校まで毎年テーマ別に計12回体験するような仕組みができればどうでしょうか。
〇食文化の伝承が途切れているのを残念に思う。なんでもコンビニで間に合う日常で良いのかなと思う。
〇劇を楽しみました。展示の数々に試食、干し野菜、梅、大根、皆様の努力で体験できました。いただいたレシピで料理してみます。ありがとうございました
〇干し野菜がテレビで見たのと同じで感激でした。
〇もっと早く知って、もっと郷土料理に挑戦すればよかった。
〇ほかの人にもっと声を掛ければよかった。
〇さまざまな展示や試食があり、長野の食文化について学ぶことができて良かった。みなさんから作り方などを聞かせていただき、とても楽しみながら学べた。
〇戦中戦後の食事や箱膳について学べる機会はなかなかないため勉強になった。
〇様々な地域の特産物、行事食、郷土食、食文化などを知ることができる展示がたくさんあり、とてもよい経験となりました。またクイズや試食など体験できる展示も多く楽しめながら学べました。
〇近くにこんなに食に対して考える会があって、びっくり。いろいろ参加してみたいです。
〇食材の豊かさと地域ならではの工夫とともに「命」をど真ん中に受け継いでゆく皆様の姿にいつも感謝いたします。
〇干し野菜やおやきの試食をいただき、おなかの中から和食の良さを感じました。
〇手づくりのお野菜、試食させていただきました。とても美味しかったです。
〇懐かしい味、はじめての味、どれもおいしく改めて郷土食の良さを感じました。どれも手のかかる食べ物で作られた方々に感謝です。
アンケートに答えた来場者すべてが「とても満足・やや満足」と答えていました。
長野市では以前に、農村女性ネットワークなどが主催した「食の文化祭」が開かれていたそうですが、インターネット上には記録が見当たりませんでした。
伝えていくためには、今回の「ふるさとの食をつなぐ文化祭」での成果と来場者の期待に応えて継続した催しにするとともに、本稿のような記録が欠かせないと思いました。
「信州ひらがな料理普及隊」に関する問い合わせはメール hello.yoshida@outlook.jp
取材・執筆/ ソーシャルライター 板本 泰治(いたもと やすはる)







