ひとことに「きく」と言っても、5つの漢字と英単語(後述)を当てはめてみれば、その意味はさまざま。国際社会から「子どもの声をきいていない」と指摘される日本が苦手な「きく」を考える機会がありました。
2024年7月7日(日曜日)、長野市ふれあい福祉センターで開かれた「2024長野の子ども白書」発行記念講演会。会場のホールを、保育や教育関係者、子ども施策や支援関係者、子育て中の親など約70名が埋め尽くし、大阪公立大学現代システム科学研究科の伊藤嘉余子教授の話に聴き入りました。
演題は、「子どもの声を聴くということ-子どもの意見表明権を支える大人社会の応答-」。2024長野の子ども白書のテーマ「子どもの権利条約の実効ある実現を目指して」にちなんだ内容です。
『長野の子ども白書』とは
子どもの権利条約の実効ある実現を目指して、長野県の子どもたちの実状や声を集め、その実情を可視化し発信しています。諸統計や調査結果をもとに課題解決のための情報を共有し、子ども支援の現場での実践の成果を記録し、子ども白書を手がかりにネットワークを広げ、「子どもの権利実現」への意識を高めていきたいと考えます。
2024長野の子ども白書は、これまでの宿題であった「子どものしあわせな子ども期とは」という問いと、それを実現する社会のありようを、「子どもの権利条約」に照らして提案したいと考えています。
(「長野の子ども白書」サイトから抜粋)
子どもの声をきいてこなかった日本
日本が1994年に批准した「子どもの権利条約」から30年。この間、国連から「日本は子どもの声をきいていない。仕組みをつくるように」と重ねて是正勧告を受けています。声をきくことは「子どもの参加する権利」を保障すること。国連から言われ続けても改善できていないのが日本の現状です。
長野県がめざす「子どもの最善の利益の実現」
長野県では2020年度、「子どもの最善の利益の実現」に向けて、すべての子どもとその家族を社会全体で支えていく取り組みを推進するため、「長野県社会的養育推進計画」を策定しています。
<5つの基本目標>
1 当事者である子どもの権利が守られる
2 地域や家庭で安心して暮らせる体制をつくる
3 家庭と同様の環境において養育される
4 子どもの自立が促進される
5 子どもの養育を地域で支える人材を育成する
2024年度は、この計画の折り返し年で、前期を検証して内容を見直すことになっています。
このうち、基本目標1の【目指すべき姿】は「社会的養育の当事者である子どもが、自らの意思を表明し、大人がそれらをきちんと酌み取った上で、子どもの最善の利益を考慮した適切な養育や支援が行われる社会を実現します」とあり、取り組む内容には「子どもの意見を聴く体制の整備・アドボガシー」(1)子どもアンケートの実施(2)児童養護施設等への意見箱の設置(3)権利ノートの配布とあります。
講師 伊藤 嘉余子(いとう かよこ)さん
<プロフィール>
大阪公立大学 現代システム科学研究科 教授
グラスゴー大学客員研究員
日本子ども家庭福祉学会会長
NPO法人CAPセンター・JAPAN理事長
NPO法人子どもデザイン教室理事
NPO日本こども支援協会理事
NPO法人Giving Tree理事 など
「大人は意見をきいてくれない」という子ども
伊藤さんは、児童養護施設児童へのインタビュー調査をふまえ、子どもは「大人は気持ちをきいてくれるけれど、意見はきいてくれない」と言い、一方の大人は「子どもの意見は聞いても、気持ちまではわからない」と、受け止め方がまったく逆だと言います。さらに子どもの多くは「アンケートに答えてもムダ。大人に言ってもムダ。意味がない」と思っているそうです。
「声」とは、会話で得られた言葉やアンケートで集めた結果といった単純なものではありません。「言ってもムダ」とあきらめてしまうのは、「言ってよかった」という体験がないからでしょう。もし普段から「それはダメ」「あれもダメ」と打ち返されてばかりいたら、何も言えなくなってしまいます。
普段から「声」をきける関係がないと、通じ合うことはできません。どれだけ熱意をもってききにいけるか、誠意をもって向き合えるかがカギだと言います。
こどもの声を「きく」5段階の活用
伊藤さんは、5つの漢字と英単語で「きく」のちがいを話しました。
ききたいようにきいているのが【聞くHear】。「忙しい」と言って聞き流したり、「ダメ」のひと言だけで遮断してしまったりする場合もあります。
相手の言葉に耳を傾けてききいれようとする【聴くListen】。
ここまでは、よくある「きく」でしたが大事なのは、ここから。
【訊くAsk】は、どうして?なぜ?なにがあった?と、たずねながらお互いの考えを整理していくこと。
【効くEffect】は、子どもにとって心地よい着地点とおとなの妥協できる点を探して、お互いに大切なことがわかること。
そして、【利くWork】は、きいたことが自分の力になって行動に移せる自己実現、役に立つこと。
聞けば、聴くほど難しい「きく」の話
「きく」とは、謙虚にしっかりと話を聴き、「なにがあったの?」と気持ちを訊きながら、自分のことのように考えて、お互いにとって大切なことを実行すること。
時間と気持ちに余裕がないと、大人同士でも親身になって応対することが難しいのに、相手が子どもなら「大人の上から目線」を浴びせて、価値観を押し付けたり、決めつけたりしてしまいそうです。
伊藤さんは、多くの大人が子どものために大事だと考えている「なぜかをていねいに説明すること」は、大人の事情を一方的に押し付けているのと同じようなものだと言います。
また、「後付けのルールは大人の都合で、子どもにとっては理不尽」と言い、先に「もし約束を守れなかったら、破ったら、どうするかもいっしょに決めておくことが大事」だと加えました。
大人が正しく翻訳して受け止める!?
伊藤さんは、子どもの言葉と態度の裏にある本音(本当のニーズや言いたかったこと)を「大人が正しく翻訳して受け止める必要がある」と言います。
「なぜ? Why」という直球の質問に答えられる子は、ほとんどいないそうです。うまく説明できないからキレたり、「もういい」と投げ出したり、「知らない」と避けてしまいます。
子どもは、言葉の単語が少なかったり、適切な表現方法を知らなかったり、大人を相手にする以上の困難さがあります。幼児や障がいをもっていれば、なおさら言語化は難しいでしょう。けれど、こうしたことは誰が相手であっても起こり得ることです。
話をきくときは、らせん状に掘り下げて進むイメージ。
「それは、どういうこと? What」、「選ぶとしたら、どちら? Which」と示しながら徐々に掘り下げていくことで深層にある本音にたどり着くことができるそうです。
福祉×国語×デザインで子どもの声をきくデザイン国語
伊藤さんが理事を務める「NPO法人子どもデザイン教室」で2017年に誕生した福祉×国語×デザインで子どもの声をきく「デザイン国語」。
『かきくけこうふくろん。』は、自分で自分をしあわせにするという自己理解のレッスンだそうです。
かたりあう
きもちをあわせる
くらべて、より大事なものにしぼって
けいけんをえがく
こうふくろんを発表して、
9つのしあわせの要素を、子どもと大人が1対1で語り合いながら、言葉にできていない自分にとっての「しあわせ」を言葉にするレッスンで、自分で自分をしあわせにするための気づきを得ることをめざします。
築きたい「いつでも言いたいことが伝わる関係」
いくら話をきこうとしても、日ごろからの良好な関係がないと、「お前には言いたくない、関係ないだろ」で終わってしまいがちです。
コミュニケーションは「説得力」+「信頼関係」。大事なのは、「いつも見ているよ。心配しているよ」を、普段の言葉と態度で示して、いつでも言いたいことが伝わる関係性を築くことだそうです。
「いっしょにいたい」という安心感と「もっと話したい」という信頼感があれば、「あなたが言うことなら受け入れられる」関係ができ、話を「きく」ことができます。
「きく」ことを考えながら編集しました
伊藤さんの話を聴きながら、筆者が考えていた「声をきく」ということ。
うまく言い表せないことや言いにくいことを相手の立場になって受け止めて、言語化と解説を助け、代弁することなのだろうと、思いました。
それは初対面の考えや力量、経験などがわからない人と、心を通わせるまでの難しさと似ている感じがしました。「人と話すのは苦手だ」と思っていたのは、相手の立場に立って「きくことができていなかったせいかな」とも思いました。
そして、「きく」ことの考えは、社会の課題を広く知らせようとするソーシャルライターにも通じるものがありました。知らない人へ伝えるためには、わかってもらえそうな言葉と文章を選ぼうと努めます。聞きなれないカタカナや外国語は、身近な言葉に置き換えて伝えようとします。
伊藤さんの話を正しく「きき」、理解できたかを振り返りながら、本記事は「わかりやすく翻訳する」ことも意識して編集しました。お役に立てれば幸いです。
<取材・編集>ソーシャルライター 吉田 百助