「乾杯!」
7月4日の夕方、パソコンのスクリーン越しに参加者と蔵元・生産者たちが集まり、日本酒が入った酒器がかかげられた。この日のバーチャル酒蔵見学会とオンライン交流会を主催したのは、佐久市の株式会社KURABITO STAY代表の田澤麻里香さんと、芙蓉酒造6代目蔵元の依田昴憲(たかのり)さん。
KURABITO STAYの代表 田澤麻里香さんと、芙蓉酒造の依田昴憲さん
KURABITO STAYは、江戸時代に創業され300年余りの歴史を持つ「橘倉(きつくら)酒造」の施設を改修し、体験型観光を提供する宿泊施設。外国人観光客も呼び込めるようにと、2020年春の開業を目指して準備してきた。しかし世界的な新型コロナウイルス感染症の流行を受け、3月に予定されていた酒蔵を巡るバスツアーは中止。3月末の宿泊施設完成お披露目会は人数を限定して開催したが、5月の大型連休にあわせて準備していた2泊3日の蔵人体験ツアーは中止を余儀なくされた。
佐久地域には13の酒蔵がある。自粛のまま歓送迎会シーズンを迎え、飲食店の休業が続き、日本酒や地元のレストラン向け食材の消費は大きく減少。酒蔵も経営が困難な状況となった。
それでも、めげない
そんな中、若手蔵元で組織する「佐久若葉会」によるSAKU13とKURABITO STAYとの共同で「長野県佐久地域総力戦で挑む日本酒販売大作戦その1」の販売が5月末にスタートした。日本酒と、佐久地域の生産者による肴、お酒にあわせて特別制作された酒器、そして陶芸工房や酒蔵のバーチャル見学がセットになっている。限定40セットで販売した商品は完売。東京からの購入者が多かったが、購入者のうち半分は地元の人たちだったという。売上げは、独自のECサイト(インターネット上で商品を販売するウェブサイト)の立ち上げに活用する予定だ。
第一弾のセット内容。芙蓉酒造「純米吟醸Tsukuyomi」(3年熟成古酒)、陶芸家阿部春弥さん制作の酒器ゴブレット、八千穂漁業の 「 大王イワナのみりん干し」と「信州サーモン塩こうじ漬け」、メゾン・デュ・ジャンボン・ド・ヒメキの「日本酒のリエット」と「生ハム」
企画の発起人である田澤さんと依田さんにお話を伺った。
どうしたら佐久の食文化がより豊かになるか
―宿泊施設のオープンがコロナ感染拡大と重なり、逆風の中、どんな気持ちでこの企画を立ち上げましたか?
田澤さん:KURABITO STAY自体は、もともとお客が少なくても持続できるように固定費がかからないビジネスモデルにしていた。3、4月が忙しくなるつもりだったのが、ぽっかり時間が空いてしまった。観光産業にとって1、2年単位の闘いになりそうだというのが見えてきたとき、酒蔵の方でもお酒が出なくなってしまって、KURABITO STAYと一緒に何かできないか、と蔵元さんたちの方から声をかけてくださった。
やるなら未来投資型の方がいいと、どうしたら佐久の食文化がより豊かになるかを考えた。ECサイトを立ち上げるには費用がかかる。費用を集めるためにただ「寄付してください」ではなくて、「食べながら応援しましょう」と、今回の企画の形になった。個数としては僅かだが、象徴的なことをやることで、応援していこうという機運を高めたかった。
蔵元の皆さんとやっていきたい方向が重なったのが4月末。初めは個々の蔵元とやろうかと考えていたが、せっかくなら13蔵のシリーズでやろう、と組合の方から言ってくださった。
依田さん:こういうこともやってみたいというアイディアは新型コロナが出てくる前から話していた。佐久の酒蔵は皆小さいので、社会情勢が大変な中、それぞれの力をあわせないと何もできない。酒蔵だけでまとまるのではなく、佐久の酒文化・食文化、大きい枠で地域として売り出していく力が必要だと思った。田澤さんが象徴的にまとめ役になり企画を進めてくれた中で、田澤さんの外からの視点は非常に重要だった。
芙蓉酒造の酒蔵を自撮り動画で案内する依田さん。
酒蔵は土壁で、電波が届かない! どうインターネットに繋ぐか試行錯誤の上、電器店で60mの有線LANケーブルを購入。初めての挑戦ならではの苦労も。
―実際にやってみて、どんな効果がありましたか?
田澤さん:売上げとしてはたった40本だけれど、1本が動かない時期に、佐久が頑張っていることをいろんな人が知って、前向きな気持ちで背中を押してくれた。そのことはプライスレスだと思う。
依田さん:もともと「ファンづくり」を大事にしていたが、今は対面でできないので、こういう形でしかできない。世界情勢がめまぐるしく変化し過ぎて、今後10年くらいかけて来たであろう時代の変化が、数ヶ月で来てしまった。どういう方策をとったらいいか正直わからないけれど、手探りでやってみるしかない。
家でお酒を召し上がる時間を少しでも豊かにしてもらうにはどうしたらいいか。箱を開いたらそこに佐久が詰まっているような「佐久の玉手箱」をお届けできて、より深く知ってもらった上で、また往来できるような状況になったら訪れてもらえたらいい。
全国から16人がオンライン見学と交流会に参加
未来への投資で、さらに強い地域に
―信州だけでなく日本全国、世界各地で観光業や生産業が大きな打撃を受けています。どんなメッセージを伝えたいですか?
田澤さん:コロナ危機はチャンスだと思っている。これまで組合と何かを一緒にやるのはハードルが高かった。今回のコロナ危機をきっかけに、地域力でアピールしていかないと、つながらないと地域性を全体として発信できないよね、と、皆が気付けた。横のつながりが深まって、みんなで生き残ろうよという意識が生まれたのはすごく大きい。
今は融資が受けやすい。新しいノーマルに対応しないと生き残れない時代が待っているとしたら、投資していかないといけない。投資するためのお金が今は無担保で借りやすいので、ここでめげないで、上手に活用して未来への投資をしていけば、さらに強い企業、さらに強い地域になれる。未来に投資していくことで、自分たちも変わるチャンスだと思う。
依田さん:「コロナ禍」というが、「禍転じて」という言葉もある。考え方次第。辛いのは、みんな辛い。耐え忍んだ先にある未来を常に考えていないと、心が砕けるとどうしようもない。先をみながら、明るい未来を自分たちでつくるという意思をもって、ひとりではなくみんなで取り組んでいこうという意識を共有すること。今まで通りじゃなくて、違う世界をつくっていくんだという強い気持ちが、こういう時に一番必要だと思う。
阿部春弥さんのバーチャル工房見学では、ゴブレットを実際に制作する過程を生配信
現在は「長野県佐久地域総力戦で挑む日本酒販売大作戦」第二弾が販売中。ECサイト立ち上げ後にも、ひやおろしシリーズ、3つの水系ごとの日本酒飲み比べなど、形やテーマを変えて販売を続けていきたいと話す。
写真協力:KURABITO STAY
文責: ソーシャルライター 粟津 知佳子